新しい次元へ
turtle
第1話
「フクロウが住宅地を飛び回っています。」
前の住人が置いていったTVを観つつ、俺は昨夜コンビニ買ったで賞味期限ギリギリで半額になったのパンをかじる。たかが鳥一匹にヘリコプターまで出してご苦労な事だ。髪がはねているが、朝シャンする余力も設備もない。はねた髪を申し訳程度に水で撫で付け、職場へ向かう。
始業5分前に到着。また課長から呼び出され、スーツの皺を注意される。だったらクリーニング代支給しろと心で呟く。派遣にそこまで求めるな。想いが顔に出たのか課長から叱責が飛ぶ。お前のの仕事なんて誰がやっても同じ、お前なんていなくたっていいんだ、なんだその表情は、等々いつものパターンだ。この時間も時給に含まれていると気が付いたのか、課長は途中で話を辞めた。
俺の仕事はチャットでのお客様相談窓口。オペレーターというやつだ。毎日毎日同じような質問だ。画面のどこを押したのかも定かでなく自分の状況も分からず苛立つ奴に一つ一つ感情を消し去った文言で確認する。
チャットの合間に自分の携帯で(会社のPCを使うとサボっているのがばれる)朝のフクロウのニュースを観る。カラスがフクロウを威嚇し、逆に追い払われた、フクロウは森の王者でカラスより強い等々レポーターが得意げに解説している。
昼、クーポンを使ってマックのバリューセットを食べる。無料で付けられるコーヒーを飲んで思わず咽る。酷い味だ、まるで泥水だ。仕方なくペットボトルの水を買い、オフィス街の中に申し訳程度にベンチと水道が付いている公園に行く。そこにはカラスが群れをなし、おこぼれを狙っている。俺が水しか無いと分かるとさっさと離れていく。ぼろぼろとパンをこぼす浮浪者の足元に向かっていく。これが適者生存というやつか。群れの中から一羽のカラスが高く飛び、直滑降して4、5才くらいの女児の手からメロンパンをかすめ取った。女児は驚愕し泣き叫ぶ。俺は冷えたベンチに座って傍観している。メロンパンを奪い取ったカラスには他のカラス達が群がり奪い合いが起こる。弱肉強食はこの小さな公園でも行われる。
昼休みが終わると職場に戻る。さっきの課長が不穏な笑みを浮かべて会議室から出てきた。俺を見ると開口一番、君、来月で契約終わり、と告げる。会社に新システムが導入され、AIで受け答えが出来るようになった、元々誰でもできる定型業務だ、じゃあ残務処理よろしくね、との事だ。俺は無表情にはいと答える。こんなことは初めてではない。淡々と引き継ぎ書を書く。会議室から同じオペレーターの奴が課長と笑いながら出てきた。会話を繋ぎ合わせると新システム導入の補助業務を任されるらしい。奴は俺を一瞥し、声を掛けずに横を通り過ぎる。
俺は再び携帯でニュースを観る。フクロウはあちこち飛び回って周囲に混乱の渦を巻き起こしている。
ニュースを観ながらキーボードを打ったせいか、打ち間違えた。補助業務に抜擢された同僚が口元をゆがめた。俺は立ち上がりPCからキーボードを引き抜き、奴めがけて投げつけた。同僚の頭から血が噴き出る。課長が慌てふためいて救急車を呼ぶ。俺は職場を出て、駅へと急ぐ。
駅にてワイヤレスイヤホーンをつけながらニュースを観る。キャスターはフクロウが迷走を続けた末、車に轢かれて死んだと告げた。
違う。フクロウは轢かれたのではない。大いなるものに立ち向かったのだ。更なる高みへ、別の次元へと旅立ったのだ。
列車がホームに迫る。俺の足は宙を飛んだ。
KAC1
新しい次元へ turtle @kameko1
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