10g BOMB

moes

10g BOMB

「私のゴヴィバを返せぇっ」

 自分の叫び声で目が覚めた。

「なんつー寝言だ」

 すぐ側から、聞き覚えのある呆れ声が聞こえがばりと起きあがる。

「なんで、幹がいるのよ」

 案の定、そこには声と同じくらいの呆れた表情を浮かべた幼なじみの姿。

「おばさんには断ったぞ。……ハル、このDVD貸して」

 棚から抜き出して、返事より先にカバンにしまっている。

 ぉい。

「うら若いオトメの部屋に勝手に入った上、そのタイドは何?」

「朝飯、作ってきたけど。食べない?」

 そんな言葉で、食べ物なんかで釣ろうだなんて、釣られるけども。

「食べる。顔洗ってくる。コーヒー、入れておいて」

 ベッドから抜け出し、先に部屋を出る。

「ステキなオトメだねぇ」

 無感動な声がかけられる。

 生まれて以来の幼なじみ相手に、そんなもの見せてどうするよ。



「あれ、ハハは?」

 慣れた風にコーヒーを淹れる幹の背中に声をかける。

「おじさんとデートだって。相変わらず仲良いねぇ」

 のんびりと言ってカップをテーブルにおく。

 あまい香りが湯気と一緒に届く。

「ごくろー」

「そこでありがとうとかかわいらしく言えないかな」

「アリガトウ。幹チャン」

 一本調子で言う。

「そんなものハルに求めるのが間違ってたな。ほら、食え」

 紙袋から取り出したタッパを広げる。

 見目にもおいしい種々のサンドウィッチ。

 持つべきモノは料理好きな幼なじみ。

「いただきますっ」

 ぱん、と手を合わせてからチキン照りサンドに手を伸ばす。

 おいしー。

「うまいだろ?」

 頬杖ついて、カップ片手に幹は微笑う。

 確かに。だけどスナオに肯いてやるのはしゃくだ。

「料理の腕って性格と比例しないところがステキよね」

「スナオじゃない」

 素直だったらそれはそれで熱があるだろ、とか言うくせに。

 二個目に手を伸ばす。

 ハムたまごサンド。

 ハムと薄焼きたまごが交互にはさんであってこれもまた美味。

「っていうか、もう帰っても良いよ」

「サイテーだな、オマエ。最低ついでに、さっきの寝言は何よ?」

 眉をひそめて。

「カンケーないでしょ、幹には」

 三個目。BLTサンド。

 おいしいけれども苦い声になってしまう。

「また、ふられたな?」

 一応、口調は疑問形だが確信してるだろ。

「サイテーはどっちだよ。傷心のオトメに言うか、普通」

 思い出すに苦々しいったら。

「あんな寝言を叫ぶようなオトメは一体何に傷心しているんでしょーねぇ」

 遠くを見つめて呟く。

 感じ悪いなぁ。

「オトメゴコロは複雑なのっ。お代わり」

 最後の一口をコーヒーでのみ流し、からになったカップを幹に突きつける。

「おれ、客」

 やかましい。

「人の部屋に勝手に入り混んでるのは客じゃない」

 文句を言いながらも幹は立ち上がる。

 結局、面倒見が良いというかマメなのだ。

 もう少し適度な距離があれば幼なじみでも恋愛に発展したかもなぁ。

 見た目、及第点だし。

 でも兄弟状態で育ってちゃ、ねぇ?

 ってこんなコト考えてる辺りやばい。だいぶ、へたれてるぞ。

「ナニ妙な顔で苦悩してるの?」

 ティーポットに湯を入れて戻ってくる。

 話題を変えよう。

「イロイロと、ね。幹のかわいいカノジョちゃんは元気かなぁとかねぇ」

「別れた」

 一言。あっさりと。

 時計を見てからポットからカップへ紅茶を移す。

「何でっ。いつ」

「先月。……おれのことはどうでも良いって。ゴヴィバがどうしたんだっけ、ハル?」

 おもしろがってるな。

 が、こんなの相手でも愚痴った方がマシか。

 一人で腹たててるよりも。

「元カノとよりを戻したんだってさ。で、私のあげたバレンタインチョコのゴヴィバちゃんを二人で仲良く食したんだってさ」

 くそぅ。口にしたら余計に腹が立ってきたぞ。

 高かったのに。高かったのに。

 私だって食べたかったのにっ。

 幹は眉間にしわを寄せる。

「ぅわ。サイアク。普通、オンナからもらった本命チョコを別の女と食べるか? それもそのことをくれた女に言うっていうその感性が信じられん」

 全くだ。

 オトコ見る目ないなぁ、我ながら。

「で、ハル。オマエは振られて腹が立ってるのかゴヴィバがとられ損で腹が立ってるのかどっちだ」

 そんなの、どっちもに決まってる。

 力説すると呆れたニガワライが返ってくる。

「ハルらしー……ってまとめて良いのか? とりあえず、傷心をこれで癒してくれ」

 取り出したその箱は。

「ケーキ? 手作り?」

 指を組んで尋ねる。

 声が弾んでいるのが自分でもわかる。

「そ」

 幹は苦笑をうかべながら箱を開ける。

 中にはきれいにカットされたガトーショコラ。

 ふんわり粉砂糖かかってて、横には別の器でゆるめの生クリームまで。

「幹のケーキ、好きー」

 そこらの半端なお店のより断然おいしい。

「そりゃ、どーも」

 あきれたような、それでもどこか嬉しそうな笑み。

 生クリームをたっぷりかけ盛りつけたケーキが差し出される。

 フォークでくずす。かけら、口に入れる。

 うまーい。

「一目瞭然だねぇ」

「このシアワセで怒りも誤魔化されていくようだヨ」

 なんで甘いものってこんなに幸せ気分になるんだろ。

 さくさくと胃に格納していく。

「ゴチソウサマデシタ」

 満足。朝からカロリーオーバーが気になるけれども。

「よろこんで頂けてなにより」

 幹も満足げに言う。

 さて。

「おなかもふくれたことだし、頭働かせよーかな」

「なに?」

 怪訝そうな声が返る。眉をひそめる一歩手前のような。

「仕返しの方法」

 ふふふ、と笑みを浮かべて堂々と言いきる。

 幹はがっくりと肩を落とす。

「おれの苦労は何? オマエさっき、誤魔化されるとか言ってたじゃないか」

「なんてゆーかな、誤魔化しは所詮一時しのぎ。おなかが空けば思い出すじゃない?」

 やっぱりきちんと片を付けておかないと、ねぇ。

 幹はためいき一つ吐いて立ちあがる。

「帰るワ」



 オジャマシマス。

 心の中で呟いて、そっとドアを開ける。

 ……起きてるし。

 ベッドの上で座って、けだるげな表情。

 せっかく寝てるところを襲撃しようと思ったのに。

「不法侵入」

 不機嫌そうな乾いた声。

 昨日、おんなじことやったくせに。

「目には目を、歯には歯を」

「そんなこと言ってるから戦争がなくならないんだ」

 何をワケのわかんないことを。寝ぼけてるな?

 少しの物音で目覚めるくせに、イマイチ寝起きがよろしくない。

 この場合、目が覚めきるまでほっておくしかない。

 ソファに座りとりあえずテレビをつける。

 面白そうな番組はやっていないかと順番にチャンネルを変える。

 が、ろくな番組やっていない。

 はーやーくー起きろー。

「……ハル?」

「やーっと目が覚めたか。待ちくたびれたよ」

「何、こんなに早くから」

 朝十時はそれほど早くないと思うぞ。

「幹、今日の予定は?」

「今日はひきこもりの日。一歩たりとも家から出ません。溜まった掃除洗濯をしなければ」

 まだ、目が覚めきってないか、この様子は。

「じゃ、その予定に付け加えて。ハルちゃんのためのケーキ作り講座」

 …………。

 まじまじとこちらを見つめる。

 どうやら完全に目覚めたらしい。

「ヤだ」

 一言で。

「何でっ」

「ハルの腕前、おばさんに聞いてる。バレンタインの時、オーブン爆破させかけたって?」

 ぅ。

「ちょっと煙がもくもく出ただけだよ」

 確かにその後、オーブンは修理行きだったけど。

 そして結局手作りはかなわずゴヴィバになったんだけど。

 あ、思い出したらまた腹が立ってきた。

「充分だって。自分のトコのだけじゃなく、おれのまで入院させる気なワケ?」

 朝っぱらから疲れきった声。

「だいじょーぶだって」

「何、その根拠のない自信。大体、何で突然そんなこと思い立ったんだよ」

 迷惑千万、と隠さずに顔に書かれている。

「ほら、今日は折しもホワイトデーだし。一月遅れのバレンタインってことでヤツに冥土のみやげを送ろうかと」

 ヤツなら食べるだろう。きっと。それもカノジョちゃんと一緒に。

 曖昧な表情が注がれる。

「何、仕込む気だ」

 お見通し、ですか。いや、ばれるとは思ってたけど。

「おいしくいただいた後にはすっきり消化。効果覿面。下剤サン」

 錠剤の入ったちいさな瓶を振る。

 白い粒がからからと音を立てる。

「ほんっと、サイテーな」

 上等。

「サイテーオトコにはサイテーな仕返しがよく似合う、ってことで」

「ま、いーけど」

 言い出したら聞かないんだし。と小さく付け加えられたコトバは聞かなかったことにしてあげよう。



 辺りに人はいない。

 郵便受けにうすい箱を差し込む。

 中には試行錯誤の末、ブジに出来上がったブラウニー。

 抵抗なく中へ滑り落ちる。

 ――作戦完了。

 

 

 『バレンタインには間に合わなかった、私の気持ちです。』

 かわいらしいメッセージカードにはそれだけを書いて。

 きっと食べていただけるでしょう。

 錠剤にして三粒。

 十グラムの下剤入りのアマイお菓子。



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