フクロウ・イン・ザ・バスジャック!

てこ/ひかり

切り札はフクロウ

「動くな!」


 ミラーが男から目を離した、ほんの少しの間だった。

 追い詰めたはずのバスジャック犯が、突然カバンからフクロウを取り出して乗客の一人に突きつけた。夜行バスの中に再び爆発するような悲鳴が沸き起こった。

「貴様……!」

「へへ……」

 わし鼻の男は、出来損ないのソーセージのような太い人差し指で鼻の下を擦り、逃げ遅れた赤いカーディガンの少女を羽交い締めにした。


「きゃああっ!?」

「大人しくしろッ!」

 太い腕で強引に首元を締められる少女を見て、ミラーは顔が真っ青になった。隙をついて武器を取り上げたつもりだったのに、まさかあんな切り札フクロウを隠し持っていただなんて。ミラーはわし鼻の男を刺激しないように、慎重に言葉を絞り出した。


「やめろ……やめるんだ。その子を解放してやれ」

「形勢逆転だなァ。英雄気取りの爺さんよォ」

「フクロウは私に向けろ! 私が人質になる……」

「あァん?」

 後部座席に陣取った犯人が、右手の上で囀る黒いフクロウを少女の頬に押し当てながら、ニヤニヤと下卑げびた笑みを浮かべた。

「アンタが代わりになるってか? 俺の、フクロウの餌食に?」

「ああ……」


 ミラーは男の腕の中で怯える少女に視線を向けた。

 少女はガタガタと歯を鳴らし、両目にいっぱい涙を浮かべていた。無理もない。狂ったバスジャック犯にフクロウを押し付けられるなんて、大人でも平静ではいられないだろう。黒いフクロウはカチカチと嘴を鳴らし、丸い目を見開いてじっと少女を覗き込んでいた。少女が「ひっ」と小さく悲鳴をあげた。


「お前がァ? このガキの代わりに、夜な夜なフクロウに突かれるってか?」

「ああ。だから……」

「騙されるかよ。オイ!! カバンの中にある、てめーの切り札フクロウ出せ!!」

「!」

 先ほどまでダラけた笑みを浮かべていた男が、突然激昂してミラーにフクロウを向けた。ミラーは一瞬固まったが、怯える少女に見つめられ、やがてゆっくりとバッグの中から茶フクロウを取り出した。ミラーは男を刺激しないよう慎重にフクロウをバスの通路に置いた。乗客全員が見つめる中、茶フクロウは二、三度不思議そうに首をひねると、それからちょこちょこと歩き回り、通路に散らばっていたビスケットの屑を突き始めた。


「やっぱりな。この爺さんは油断ならねェ」

「くっ……」

 わし鼻の男が再び勝ち誇ったように白い歯を浮かべ、ミラーにこちらに来るようにジェスチャーした。


「さあ、爺さん。お前もだ。お前にも、夜な夜なフクロウの鳴き声を聞かせてやる。鋭い爪を皮膚に突き立てられ、嘴で突っつかれるんだ……覚悟しておけよ」

「くそ……すまない」

 ミラーは額に大粒の汗を滲ませ、のろのろとバスジャック犯の元へと歩き始めた。彼が観念して男の隣に座り込もうとした、その時だった。


「あっ!」

 突然、黒いフクロウが大きな翼を広げ、男の右手から飛び立った。フクロウはそのままバスの通路に降り立つと、茶フクロウと一緒にビスケットの屑を突き始めた。

「…………」

「…………」

 バスジャック犯が餌を貪る切り札の姿を呆然と見つめる中、ミラーは一瞬の隙をついて思いっきり右ストレートを犯人の顔面に叩き込んだ。

「ぎゃああッ!?」

「観念しろッ!」

 夜行バスの中に三度悲鳴の渦が巻き起こる。男の手から解放されたカーディガンの少女が、転がるように母親の元へと駆けて行った。ミラーは顔を抑えてのたうち回る犯人を押さえつけ、急いで羽交い締めにした。


「ど……どうして……!?」

「さァな。腹が減っていたんだろうよ。全く、一時はどうなることかと思ったが……」

 切り札を失い目を泳がせる犯人に、ミラーは疲れた笑みを浮かべて見せた。ミラーの細い両肩に、食事を済ませた二羽のフクロウが仲良く飛んできた。


「今は神に感謝だ。一体どう言う訳かは知らんが、とにかく、切り札が銃じゃなくてフクロウでよかったよ……ありがとう」

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