フクロウくんとウサギちゃん

観月

フクロウくんとウサギちゃん

 昼の間、フクロウくんが巣穴から出てこないのは、なぜだか知っていますか?

 昔々のお話ですけどね、フクロウくんはウサギさんを騙したんですよ。それで、神様に怒られて、夜しか目が見えないようにされてしまったのですって。





 下弦の月が、森のなかに涼やかな光を投げかけていました。

 ほー、ほー、ほー、ほー、ほー、ほー、ほー、ほー、

「うっるさいわね! ひとの巣穴の前で毎晩ほーほーほーほー鳴かないでよ!」

 大きな樹の下に造った巣穴から顔を出し、ウサギちゃんは頭の上のフクロウくんを睨みつけました。

 ほー、ほー、ほー、ほー、

「どこで鳴こうと、ボクの勝手だろう?」

「あのね、あんたがお日様の下を飛べないのは、あんたのご先祖がアタシのご先祖に、意地悪したからなのよ。私にあたられたって、困るのよ」

 ほほほほほほほー。

「ボクは、そんなことひと言も言ってないよ。君の方こそ、昔のことをいつまでも持ち出すのは、やめたまえよ」

「きー! なんですってええ!?」

「ふん」

 フクロウくんは大きな羽根を広げると、枝の上から飛び去っていきました。

 この二匹は昔から仲が悪くて、毎晩毎晩こんな喧嘩をしているのです。

 それを見ていたキツネくんがフクロウくんのもとを訪ねてきました。

「ねえねえ、フクロウくん。きみ、あのウサギちゃんが気に入らないのでしょう? オイラにいい考えがあるんですよ」

「いやだね」

「え?」

「ボクのご先祖はウサギちゃんをイジメたから神様に怒られたんだ。ウサギちゃんをいじめる相談にはのれないね!」

「ええ、そのことは知ってます。でもね、何もいじめることなんてないんですよ。ちょっと脅かしてやりましょうよ。それにあなたは、いつものようにウサギちゃんの巣穴の前で鳴けばいいだけなんです。こんなふうに……」


 次の日の夜のことです。

 フクロウくんはウサギちゃんの巣穴のある大きな木の枝にとまっていました。

 しばらく考え込んでいましたが、突然叫びだしました。

「ほー、ほー、ほー、ウサギちゃん! 大変だ! むこうの山が火事なんだ! 早く逃げないと、ここも危ないぞ!」

 フクロウくんの声に飛び出してきたウサギちゃん。ぴょんぴょんと巣穴を出て、あたりをキョロキョロ。それから背伸びをして鼻をクンクンさせました。

「ちょっとフクロウくん! 森の焼ける匂いなんてしないわよ!」

 目を吊り上げて、フクロウくんを見上げようとしたとたん、ウサギちゃんは何者かに飛びかかられてしまいました。

 ぐるりとひっくり返る視界のすみに、木の上から見下ろすフクロウくんの姿がちらりと見えました。


 ウサギちゃんは小さな小さな穴の中に閉じ込められてしまいました。

「はははは! こんなにうまくいくとは思わなかったなあ。やあ、ウサギちゃんお目覚めかい?」

 穴に取り付けられた小さな扉。その扉の小さな小さな窓から外を覗くと、そこにはニヤニヤ笑いを浮かべたキツネくんが立っていました。

「ちょっと! なんなのよ! 開けなさいよ! フクロウくんはどこに行ったのよ!」

「フクロウくんには、ただ君をちょっと驚かせてやりたいから手伝ってくれってお願いしただけだよ。彼は今頃、巣穴の中なんじゃあないかなあ? なんたって、もうすぐ夜が明けるからねえ」

「で? もうアタシ、すっかり驚いたわ。お家に帰してくれない?」

「残念。あのね、今晩キツネたちの集まるパーティーがあるんだよ。そこに君を招待したいのさ。メインディシュはうさぎの肉のスープだよ!」

 あまりの恐ろしさにウサギちゃんはぶるぶると震えました。

 扉を開けようと叩いたり蹴ったり体当りしましたが、びくともしません。

「残念だねえ。この扉の鍵はオイラが持ってるんだよ」

 キツネくんは、大きな鍵をウサギちゃんに見えるようにひらひらさせた後、自分のズボンのポケットの中に入れてしまいました。

 しだいに外が明るくなっていきます。

 もう、朝になってしまいます。

 そうなったら、フクロウくんは、目が見えないのです。キツネくんの言う通り、きっともう巣穴の中に戻ってしまったことでしょう。

 フクロウくんに裏切られたことが、ウサギちゃんにはとてもショックでした。

 フクロウくんとは、毎日口喧嘩をしていましたが、決して嫌いではなかったのです。

 夜になると、今日もフクロウくんは来るかしら? と、ちょっと楽しみにしていたくらいなのです。

 なのに、フクロウくんは本当にウサギちゃんのことを嫌っていたのかもしれません。

 ウサギちゃんの目からは、ポロポロと涙がこぼれだしました。

 よく考えれば、嫌われて当然です。フクロウくんは、ウサギちゃんのせいで神様に夜しか目が見えないようにされてしまったのですから。きっと、恨んでいたに違いありません。

 フクロウくんと口喧嘩をするのが楽しいだなんて、思っていたのはアタシだけだったんだわ。ウサギちゃんはそのことがとても悲しいのでした。

 どのくらい時間がたったでしょう。ウサギちゃんは泣きつかれて眠ってしまっていたようでした。

 カチャリ。

 扉の鍵の開く音がしました。

 ああ、ついにウサギちゃんはお鍋の材料にされてしまうのでしょうか?

 逃げるところなどないのに、ウサギちゃんはお部屋の隅に小さくなって、ぶるぶると震えました。

「なんだい、そんなところで小さくなってさ。早く出てこいよ」

 ウサギちゃんの長いお耳に、聞き慣れた声が聞こえました。

「フ……フクロウくん?」

「ほら行くぞ」

 ウサギちゃんがおそるおそる閉じ込められていた穴を出ると、そこには気を失ったキツネくんが転がっていました。フクロウくんはそんなキツネくんを、鋭い爪のついた足で、今までウサギちゃんがいた穴の中に蹴り入れました。

 ガチャリ。

 穴の扉の鍵も、なぜかフクロウくんが手にしていました。

 もぞもぞと穴の中から音がしました。

「いたたたた……。あれ? おい! ここどこだ?」

 穴の中で、キツネくんが目を覚ましたみたいです。

「やあキツネくん。お目覚めかい?」

 こんどはフクロウくんがキツネくんに声をかけます。

「あ! フクロウくん! おまえがなぜ、オイラにこんなことをするんだ!」

 ガタピシと穴の扉が音を立てます。

「キツネくんが嘘をついたからさ」

「ウソ?」

「キツネくんはウサギちゃんをちょっと脅かすだけだって言ったじゃないか? ボクは君がウサギちゃんを鍋にするつもりだなんて、聞いてなかったな」

「な、なんだよ、そんなことかい。だったら君、君もウサギちゃんの鍋パーティーにご招待するよ」

「なんですってぇぇ!」

 思わずそう叫んだのはウサギちゃんです。

 けれども、振り返ったフクロウくんの鋭い瞳に睨まれて、口をつぐみました。

「いいかいキツネくん。ボクは嘘をつかれるのが大嫌いだ。ボクをばかにするつもりなら、倍返しだぞ。君が思いもつかないようなやり方でね」

 地の底を這うような低い声でした。いつも口喧嘩をしているウサギちゃんだって、フクロウくんのこんな声は聞いたことがありません。

「ととと……とんでもない。君を馬鹿になんてするもんか。だいたい君はウサギちゃんを嫌ってたんじゃ……」

「いいか! ウサギちゃんを鍋にしてみろ。お前だけじゃなくて、お前の一族みんなボクの嘴と鉤爪で八つ裂きにしてやるぞ」

「ひいぃぃぃぃぃ!」

 キツネくんは、そう言ったっきり、黙ってしまいました。

 フクロウくんはワシっとウサギちゃんを太い足で捕まえると真っ青な空に向かって飛び立ちます。

「きゃああああああ! 何をするのよ!」

 ウサギちゃんはフクロウくんと一緒に空の上です。

「あ、あんた! 目が見えるの!?」

「いや、よく見えない」

「ちょっとー、怖いじゃないのよ!」

「あまり暴れると、落とすかもしれないな」

 ウサギちゃんは、ぴたりと静かになりました。

「目だけで飛ぶわけじゃない」

 フクロウくんをそっと見上げたウサギちゃんは、フクロウくんの身体が、あちこち毛羽立っているのを見つけました。

 フクロウくんはいつだってつやつやの羽毛でビシッと決めているのにです。

「目だけで飛ぶわけじゃない」

 フクロウくんは高く高く空に上ると、大きな羽を広げ、青の中を滑空しました。

「森が見えるかい?」

「ええ、空から見る景色って、すごいのね」

 ウサギちゃんが言いました。

「そうか」

 フクロウくんはそう答えましたが、彼の目に明るい光の中の景色はぼんやりとしか見えていないのでした。




 さて、穴の中に取り残されてしまったキツネくんですが、パーティーに集まった仲間たちに助け出してもらえたようですよ。

 


〈あとがき〉

このお話は昔話を下敷きにしております。

本当のフクロウくんは、昼間でも目が見えるそうですよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

フクロウくんとウサギちゃん 観月 @miduki-hotaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ