ぼくの普通の定義

マンタ・ウェル・ミーミルズ

火吹き鉄塔

物心ついた時からじいちゃんは居た。

小さい頃の俺は泣き虫で、何かあればじいちゃんに泣きついたんよ。

オカン曰く、「赤ん坊の時は気味悪い程に大人しい子だったが、幼稚園に入ってから爆発した」と中学3年生の時に教えてくれた。 ヤベェ覚えてねぇぞ。


じいちゃんは定年退職するまで、工場で働いていた。

オトンもじいちゃんもタバコを吸ってたっけ。 オトンは俺が小学校を卒業する辺りで禁煙に成功していたが、じいちゃんはずっと吸っていた記憶。

小さい頃は人の名前なんてそう多く覚えられないので、確か自分は「におい」で判別してた。 オカンなら洗剤と自分の家の臭い。 オトンなら当時乗ってたスカイラインの車内の臭いと段ボールの臭い。 ばあちゃんなら匂いのキツい香水と漬物の臭い。 そしてじいちゃんは昔の防臭剤とタバコの臭い。 その臭いがする人の所へ寄って行って、上を見上げて顔を確認。 そしてようやく判別してた。


・・・今考えると、手間掛かる確認法だなぁと。 しゃーないパープーやし。


じいちゃんの働いてた工場は地元でも有名な所で、かなり大きい会社だった。

その中でじいちゃんは「火吹き鉄塔」なる場所の現場監督だったそうな。

一度、じいちゃんと俺の弁当が入れ替わってた為、小学校を抜け出した俺は近所に住む、その時から仲の良かったおばちゃんに頼んでじいちゃんの工場まで車で乗せてって貰ったんや。 工場の入口に居る守衛さんに、「じいちゃんが僕の弁当箱と間違えて持って行ったんよ、じいちゃん呼んでくれないかいな?」って言ったら、「じゃあおじいちゃんのお名前教えてくれるかい?」と守衛さんは言ってきた。


しかし当時の俺はじいちゃんの名前を良く覚えてなかったのだ。

そもそもじいちゃんの名前の漢字は本来小学4年生になってから習う物であり、

3年生の俺にとってはおぼろげな記憶と共に、守衛さんに「ごめんね、じいちゃんの名前難しくて良く覚えてないんだ」と伝えた。すると守衛さんは、「じゃあお兄ちゃん、こっちに着いてきて」と言うので弁当を持って着いていく。そこにはロッカーがあり、部署ごとに部屋が分けられていた。守衛さんが「おじいちゃんは何処でお仕事してるとか分かるかい?」と聞いて来るもんだから、自慢げに「火吹き鉄塔で仕事してるって言ってた!」って伝えたんや。


因みに、火吹き鉄塔とは当時自分で名付けた名前であり正式名称では無い。

本来はフレアースタックと言い、安全を確保する上で発生する余剰ガスを燃焼する為の設備だそうな。 当時住んでたマンションの、俺の部屋からじいちゃんの勤めてる工場の煙突が見えた時に火を噴いてたから、最初は火事かと思ってオカンに叫んだモンよ。 いやぁビックリしたわぁ。 しかも鉄塔じゃないそうだし。 恥ずかし。


話を戻そう。 当時の俺は別に工場マニアな訳無いし、フレアースタックなんぞ知ってる訳がない。名称を伝えりゃ守衛さんはその部屋まで連れてってくれたんやろうけど、名付けた名前じゃ分かる筈も無く虱潰しに部屋のロッカーの名前を探したんや。

30分くらいかけたかなぁ、ようやく見つけてな。 「これ!この名前よ!」って守衛さんに叫んだらな? 守衛さんが名前見て驚いてな、「おにいちゃん、監督の息子さんなんね! 今直ぐ呼ぶけんさっき靴脱いだ場所で待っててや!」って慌てて呼び出し始めたんよ。 そいたら直ぐにじいちゃんが飛んできてな、「どしたんや!何かあったんけ!」って。 弁当間違えただけや言うんに・・・。


その後は弁当交換して、じいちゃんに授業抜け出して来た事を伝えるとでかいげんこつを頭に喰らった。 とは言っても振りかぶってない、可愛いモンやけど痛い物は痛い。 工場経由で学校に連絡行って、担任の先生が車で迎えに来た。 そこでもげんこつを喰らったが、2回も叩いてきたんで「2回は無いじゃろが!」って叫んで先生を睨み付けたらまた叩かれた。 理不尽過ぎる・・・。 計4発やぞ!


学校に帰って来て教室に入る。皆が俺の事を見て来るが、小学校の時から他の連中も授業抜け出したりしてた物だから、「あぁ、お前も遂にやったんか」みたいな雰囲気が漂ってきた。弄ってくる奴は居たがそれだけ。中には羨ましがってくるんも居たっけなぁ。 なお反省文を書かされた模様。 と言うか反省文で済むんやな。


この話はここでおしまい。 要するに何が言いたかったんかって言うと、親にゃ心配をあんまかけるなって事です。 上手く行きゃ怒られるだけで済むけど、上手く行かなきゃ俺みたいに4回も頭叩かれるんで。 皆もやり過ぎにゃ気を付けてな!


え? 担任には仕返ししたのかって? 勿論!他の連中と一緒にやりましたとも。

でもそれはまた別の機会に。 「火吹き鉄塔」これにて閉幕。


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※パープー 頭が悪い事を指す。 「ワイこの学校出てるけど実はパープーじゃけん、よう怒られよったんよ」と、不釣り合いな学校の出をやんわりと誤魔化す際に有効な例。


※フレアースタック 作中でも触れた通り、安全確保上発生する余剰ガスを燃焼処理する設備の事。 中で作業すると汗が凄い出る為、慣れた人達は風呂屋のサウナ程度じゃヌルいそうな。 少なくともじいちゃんはそうでした。














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