第3話
『件名:警告 5月31日 14時30分
こんばんは、担当の高橋です。この度は弊社のサービスをご利用いただき誠にありがとうございます。このメールはお客様の身体の活動状態が既定の値を下回った場合、お送りしている自動メールです。直ちにご使用を中止していただくか、これ以上の使用を自己責任とし、弊社の保険サービスの適用外での使用という処理といたします。念のため、最後の確認をこのメールへの返信という形でしていただけると助かります』
『Re:警告 5月31日 16時37分
分かりました。わざわざご連絡ありがとうございます。今後の使用は自己責任とし、保険の適用外であることを了承します』
夜の十一時。
パチッという音とともに部屋が明るくなる。
僕は彼女に「おかえり」の一言をかけた。
一生懸命、彼女の帰りを喜び、仕事の疲れを労わった。
「おかえり」
彼女は僕に優しく声を掛けた。
その表情は、どこか悲しそうに見えた。それに「おかえり」って、仕事で疲れているのか。
「帰ってきたのはそっちじゃん。少し休んだら?」
「おやすみ、また明日」
彼女が僕に声をかける。
「おやすみ」と返事がしたかったから、僕は「おやすみ」と伝えた。
パチッという音とともに部屋が暗くなる。
今日は金曜日の夜。
彼女は金曜日にはいつも早めに帰ってくる。
僕は彼女の帰りを、持ち帰った仕事をしながら待ち続けた。
玄関の方から彼女の靴を脱ぐ音が聞こえた。
そして、パチッという音とともに部屋が明るくなる。
僕は彼女に「おかえり」の一言をかけた。
「ただいま」
彼女は僕に優しく声を掛けた。
「今日は間違ってないね。おかえり」
「明日は、一緒にデートに行こうね」
彼女の言葉を聞いて、僕は嬉しくなった。
次に気が付いた時は、そこは誰かのお墓の前だった。
デートだって聞いたから、楽しみにしていたけれど、こんなところに来るなんて。
彼女が僕をこの場所に連れてきた理由を、僕は知らない。
「どうしてここに来たか、分かるよね?」
知らない知らない知らない。
「君は今、ただの人形だから、何を言っているかなんて聞こえないし分からない。でもきっと、私が帰ってきたらおかえりって、辛い時には慰めようとしてくれていたんだよね?」
いやだいやだいやだいやだいやだいやだ。
「ここが誰のお墓か、分かるよね……?」
知らない知らない知らない思い出したくない思い出したくない知らない。
「もう、お別れだね。わざわざ人形になってまで会いに来てくれて嬉しかったよ。でもこれ以上は君にも迷惑がかかるから……」
絶対に嫌だ。認めない認めない認めない。
「最後に君の声、聞けたらよかったな……」
その瞬間、僕の体はぜんまいを何回回したって比べ物にならないほど軽くなった。
――背中に刺さっていたぜんまいは、ポトリと地面に零れ落ちた。
驚きと悲しみが、彼女の心を奪い合っているように見えた。
「え、どうして、そんな、駄目だよ……だって!それじゃあ、君が……!」
「良いんだ。これは僕の選んだ選択なんだ。君と一緒に居ることで、君と一緒に居れない悲しさを知った。後悔なんてない何もないよ」
「私のせいで、こんな、ごめん、ごめんね……」
泣きじゃくる彼女に近づき、そっと右頬を拭ってあげた。
「君は何も悪くないんだ。今までも、これからも」
彼女とのこれからをもう一度語ることができるなんて。
これ以上の幸せがあるのか?
僕は彼女とのこれからを強く、強く祈った。
――地面に落ちたぜんまいは、錆果て、粉になり空へと舞った。
『件名:報告書
今回の被検体055(石野悠斗)は、本日6月1日をもって死亡を確認。事前に本人との確認、了承を得ているため、法務部への依頼申請は必要ないと思われます。人形の使用による死亡件数は今回で13件目となりますが、人形の耐久値、使用時の精神コントロール、生身の人体への影響は、飛躍的な向上を重ねております。使用中の軽い記憶障害は見られましたが、現実世界でそれらの兆候は伺えませんでした。今回の事例を総じて、引き続きの運用を考慮に入れるにふさわしい値を人形は記録しています。
最後に、事後処理として当人が希望をしていた相沢凛の墓地へと埋葬予定です
以上』
優しくて残酷で、優しい呪い あるくくるま @walkingcar
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