しんじるもの

 昴の街に夕暮れが近づいてくる。空一面を包んでいる薄い雲がオレンジに染まる。薄雲のせいか、光源はまるで見えない。もうおとぎ話に近い古代では、この空にかかる雲はまばらで、空は青かったのだという。

 灰色からオレンジに変わった空を、スカイは青い瞳で見上げた。

 スカイ自身は自らの名前の由来が、世界を包む灰色の空だと思っているが、スカイと相対してその瞳を見たものは、その瞳にこそ失われた青空を思い出す。

 リウイも例外ではないらしく、スカイの横顔を見つめながらぽつりとつぶやいた。


「空ってサ。なんで明るくなっタリ、暗くなっタリするんだろね」


 スカイもリウイにならって空を見上げた。薄曇りの向こうに光源がある。


「雲の向こうに、光源があるんだと。エルソルって言ったかな」


 記憶の底にある記述をたぐる。それはリウイの今持つ世界書の中に書かれてあることなのだけれど。


「スカイは物知りダネ」


 尊敬の念がこもった、きらきらとした瞳でスカイを見上げるリウイ。その視線を受けて、スカイは肩をすくめた。


「世界書の受け売りだよ。だからその本を読めるようになったら、お前にもわかる」


 世界書を持つリウイの手が、ぎゅっと強く本を握るのを見て、スカイは頬を緩めた。18年生きてはいるが見てくれは10やそこらの少女は、次々と疑問をスカイに投げる。

「エルソルはカミサマなのかな? 」


「さぁな」


 スカイの要領をえない答えに、リウイは疑問を抱いたようだった。続くスカイの言葉にみみをピンと立てて聞き入っている。


「エルソルを神様だと崇めてる奴らもいる、ってモリスの爺さんは言ってた。俺も見たことある」


 この、昴の街を擁する国。アトランティア大陸には、たった一つしか国がない。代わりに、街がそれなりの自治権を持っている。昴の塔の魔術師自治区のようなものが、そこここにあるのだ。

 王都には、当然ながら王がいる。その王がアトラという神の末裔なのだという。当然国教はアトラを信じるアトラ教だ。


「神様ッテいっぱいいるノ? 」


「さあな。大陸で一番信者が多いのはアトラを信じるアトラ教だが、信じる神なんか人によって違うさ。場所によっては運命の女神とかいうウイルナを信じるウイルナ教やら、さっき言ったエルソルを信じるエルソル教徒もいる」


「フーン」


 わかったようなわからないような顔をして、リウイは足下の小石を蹴る。二人の背には、沈みゆくエルソルと昴の塔によって作られた影が落ちてきていた。

 不意にぱっとリウイが顔を上げた。


「じゃあ、ボクはスカイ教だネ。スカイを信じてるカラ」


 その屈託ない笑みに虚を突かれて、スカイは思わずリウイから目をそらしてしまった。彼女の笑みは時々、あまりにも眩しい。

 夕陽が夕闇に変わる頃、二人はラピスラズリ・インに帰り着いた。もう夕食の準備が整っているらしく、宿からは食欲をそそる匂いがしている。リウイは鼻をひくつかせて、スカイの手を強く引いた。


 それは二人にとって、ラピスラズリ・インでの最後から何番目かの晩餐であった。

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