語り部はかく語りき
「彼らと、君達、天使と森の人の居るところに、儂等人間が後から入ってきたんだよ、森のお嬢さん。君は幼等部の本から始めるといい。重いから早く持っとくれ」
リウイは果たして、色とりどりの絵の具を使い、金箔まで施したその宝石箱のような本を手に取った。
「読めるか? 」
タイトルくらいは読めるかと、スカイはリウイを促した。金箔を捺されたタイトルを指でなぞる。
「・・・せ、かい、しょ」
世界書。それがその本のタイトルだった。
「そう、世界書。これがこの世界の、すべてを書いた本の……何百回か、何千回か、何万回目かの写しだよ、お嬢さん」
モリス老人は、度のきつい眼鏡をはずし、優しいブラウンの瞳で微笑んだ。
「天使の末裔、スカイ・ウィリアムが、森の人を託されたという噂は本当だったか。そんなできすぎた話は酒場の与太話だとばかり思っていたよ」
スカイは心底嫌そうに顔をゆがめた。「その、天使の末裔とかいう恥ずかしい二つ名」
「それさえなければ、俺は今でも昴の塔の中に住んでるんだけどな」
ため息をつく。モリスは、かつてスカイが子供の頃もそうしたように、諭すような口調で言った。
「この世界で滅びたはずの天使種族の見た目の人間が現れた上に、魔術師を目指して、しかも一等優秀だったとなれば、そりゃ有名人にもなるだろう。王宮魔術師・・・・・・天使の末裔、スカイ・ウィリアム」
「天使の末裔? 」
リウイの問いかけにモリス老人が頷いた。
「彼は、もう絶滅したはずの天の人――天使種族、の特徴を持つ人。それだけじゃよ。さあ、店じまいだ」
きらきらした宝石箱のような、世界書を胸に抱いて、店の外へとモリス老人に促される。リウイはそれを優しくしっかりと抱いたまま、食い下がった。
「どういうこと? スカイはニンゲンじゃないノ? ボクにはそんなコト言わなかったヨ」
モリス老人はかぶりを振った。
「儂は語るべき資格を持たん。儂は本を保管している、本屋でしかないからな。しかるべき情報を、しかるべき人に、しかるべき対価で渡す者さ。ウィリアム! 」
いつも尊大にも見える態度のスカイが、まるで子供のように居心地悪そうにしている。やっぱり憮然とした面もちで、リウイと同じようにモリス老人にぐいぐいと押されて店の外まで出てくる所だった。
そうしてまるで幼い子供を諭すように、モリス老人はスカイを叱り飛ばした。
「大切な人には、大切な情報を、ちゃんと語るべきじゃろう! 語る口がないわけでもあるまい、語れなくなってからでは、何もかもが遅すぎるだろうに!」
二人が外に出るが早いか、昴の塔の上の方で、夕刻を告げる鐘が鳴る。
「さあ、本を渡したら儂の店はおしまいだ! 」
リウイとスカイの目の前で、モリス書店の入り口の看板が「おしまい」に掛け替えられた。
そして擦りガラスの扉がぴしゃんと閉められて、おまけに古めかしい緑のカーテンがかけられた。
「スカイ、お金、払ってナイ……ネ」
リウイが重い扉をとんとんと叩いてみたが「おしまい」に書き換えられたその扉は、それっきりもう開くことはなかった。
明らかに豪華な装丁の、値段が張るに違いない世界書を抱えたまま、リウイが立ち尽くす。
スカイは肩を竦めた。モリス老人とは、ラピスラズリ・インの店主以上に長い付き合いだ。
「いつもそうなんだよ、ここのジイさん。自分の話したいことをすっかり言うと、店を閉めちまう。説教付きでな」
「……今度、お金払いに来なきゃネ」
「ああ。そのころまでに俺が、お前に自分のことを語ってなければ……あのジイさん、怒るどころじゃないかんもな」
「教えてくれル? 」
「本の読み方も、俺のことも、教えるさ。ほら」
スカイはリウイの前にしゃがみ込んで、もう一度しっかりと帽子を被せた。その青色の瞳が、リウイに注がれているのを感じると、リウイはこそばゆいような心持ちになる。
ためらいなくつながれる手にまた、スカイも口の端に笑みを浮かべて、二人でラピスラズリ・インへの道を急ぐのだった。
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