そして店の中に
「あっ……」
リウイはあわててモリスから帽子をひったくり、帽子をかぶり直す。自分が獣人だということは、滅多な他人に知られてはいけない、というのがリウイとスカイの約束だった。
それは好奇の目からリウイを守るためであった。
事実、見咎めたのがモリス老人でなければ先ほどの露天商のように叫び声をあげられただろう。過去には見せ物小屋に売り飛ばされたりした獣人もいる。
「君は……お嬢さんは、森の人なのだね……たしかに、スカイ・ウィリアムならお似合いだ」
モリス老人がリウイを見つめる瞳は、好奇の目とは違った。リウイに対して「化け物」などと呼ぶことはなく、哀れむような口調で、森の人。とつぶやく。彼は二人の横をすり抜けて店の奥に入っていく。お似合いと言われて、くすぐったいような感情を覚えるリウイとは裏腹に、スカイは憮然とした表情だった。
「お似合い、ねぇ」声色は自嘲めいている。
「お嬢さん、森の人は、言語感覚が人間より乏しい。簡単なものを読むと良い」
モリスの飾り気のない物言いに、リウイの毛が今度は怒りで逆立つ。
「ボクはバカってこと? 読みたい本を読む資格なんかナイってこと? 」
憤慨した様子のリウイに差し出されたのは、きらきらとまばゆい装丁の本だった。
「森の人は言葉より――得意なものがたくさんあるだろう。それを見失うなら、きっとバカとも呼ばれるだろうよ」
モリスはもったいつけて言った。
「お嬢さん、本当に見えないのか、それとも君の友はもう、この街にもいられなくなったかね」
君の友、という言葉にはっとしたリウイが書店の中を見回すと、ほこりがつもる書店の、本の隙間。そこここに精霊たちの存在が感じられた。
それどころか、彼らはリウイの持つ本の、きらびやかな装丁にしがみついて、どうやってもこれから一緒に宿まで来ようとしているようにも見えた。
工業の発展した王都のある西部では、もうほとんど精霊は存在しないらしい。昴の街のある東部でも――獣人の減少も手伝って、妖精たちは枯れて行っている。
そんな繊細な妖精たちが、好き好んでこの書店のいたるところに遊んでいた。
モリス書店は、精霊や天使種族、獣人、魔族など、人あらざる者に見識深い、バック・モリスが店主を務めるようになり、もう50年になる。そんなことをリウイは知る由もないのだが、モリスは元々歴史の研究家なのだ。
精霊達は、この書店の曇ったランプにも、水差しにも、びよびよに伸びた観葉植物の陰にも遊んでいて、興味深そうに三人を見つめているのだ。
「……ボクのトモダチ、ここにたくさんいるんダネ」
やっと気付いたと言わんばかりに、風の妖精がスカイとリウイの鼻先をなでた。
「ああ、よかった。先人達はまだ居たらしい。私には見えなくてね」
リウイの呟きに、いままでの険のある面もちをすっかりはがしてモリス老人は笑った。
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