例えば本の中に

 ペンダントを大事に服の中にしまい込みながらリウイは言った。

 買い与えられたお菓子を大事に抱え直し、今にも宿に回れ右しそうな彼女の首根っこをつかんでスカイは制止した。


「思い出せ、本を買いに来たんだよ。おまえの本だ。帰ってどうする」


「エー」


 リウイがもうどこにもふらふらと歩いていかないように、としっかりと手をつないだ。

 恋人同士のそれと言うよりは、リウイの手首をスカイが捕まえている。二人は昴の塔にほど近い本屋へたどり着いた。


「ココ? 入るの? 」


 どこか不安げにリウイがつぶやく。その本屋は煉瓦建てで、入り口は磨り硝子でできた小さな店だった。中は覗けそうにない。

 モリス書店。くたびれた看板には、いかめしい文字でそう書かれていた。入り口の小看板は「語り中」となっている。


「ナニコレ。やってるノ? 」

「看板が、おしまい、じゃない限り店の中のどこかにいるさ」


 スカイがモリス書店の重い扉を開こうとしたそのとき、後ろから二人を呼び止める、しわがれた老人の声がした。


「本のツケを払いに来たのか、ウィリアム……」


「ひえっ」


 老人の声にリウイは飛び上がったが、スカイは表情を変えなかった。ウィリアムというのは、スカイのファミリーネームだったからだ。スカイが名乗りもしないのにファミリーネームで呼ぶのは、声の主が馴染みの店主である証左だった。

 スカイは、肩をすくめた。


「モリスじいさん。俺は新しい本を買いに来たんだよ。あと、ファミリーネームで呼ぶのは止めてくれ。師匠の関係者が全員兄弟になっちまう」


 二人の背後にいたのは小柄な老人だった。背丈はリウイより少し高いくらいか。威嚇するように肩をいからせて二人をみつめている。

 二人が店に入ろうとしたときは丁度、店の裏手を掃除していたらしい。その片手には年季の入ったほうきが握られている。

 その体格以上の威風堂々とした出で立ちに気圧されて、リウイは思わずスカイの後ろに隠れた。

 スカイの不機嫌な顔にも、そのしわくちゃな老人はひるむことなく続けた。


「兄弟みたいなもんだろう、お前たち。昴の塔のガキんちょ、特にウィリアム・チルドレンは、儂の本屋に損害しか与えない……今日はなんだ? 」


 スカイも、リウイと同じように孤児でだった。シルヴ・ウィリアム・ムスペルヘイム師匠は引き取った孤児のファミリーネームにウィリアムと名付けていたので、孤児たちはウィリアム・チルドレンと呼ばれた。スカイ・ウィリアム。イサナ・ウィリアム等、総勢5名の生徒たち。……一人だけ孤児ではない生徒のヴィオレッタ・ユエインというワケアリの女子がいたが、彼女もいっしょくたにウィリアム・チルドレン扱いだった。

 この書店はスカイ含め、ウィリアム・チルドレンの幼い頃からの格好のたまり場だった。


「本を買いにきたんだ。こいつに丁度いいものがいい。初等部くらいの難しさで。そう言う本はこのモリスの本屋にしかないだろう。俺が信頼する本屋はここしかないんだ」


 スカイはいささか大げさに言ってみせた。

 老人……モリスはふんと鼻を鳴らした。本に対しての全幅の信頼を寄せられてまんざらでもないらしい様子である。


「お嬢さんの本を、ウィリアムが決めるのはおかしな話だろう。なあ、お嬢さん」


呼びかけられたリウイがおずおずと進み出る。


「ボク、昔の本がイイ。どうしてこの昴の塔が昴の街にあるのか、昔はナンていったのか知れるような本 」


「昴の街! 」


 モリス老人は大声で嘆いた。


「昴の塔のおかげで名前を失ったこのジェイドの街が、何故昴の街と呼ばれるか、お前は知りたいのかい? 」


 続けられる言葉の意味が分からず、リウイはまた毛を逆立てて、スカイの後ろに隠れる。

 その拍子に深くかぶった帽子がはずれてぱさりと落ちた。


「おお、落としたぞい」


 帽子を拾い上げてくれたモリスは、リウイのその獣の耳を見て目を見開いた。


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