彼にとっての神

 もんどりうって倒れた獅子は、そのまま消失するかに見えた。もしくは、もっと小型の歪み――カマキリの形のバグに形を変えるか。

 スカイは、もう跡形もない村長の家だった場所から距離をとった。一応、防御の文字を象った魔術文字が周りに浮かんでいる。

 そのあたりにある瓦礫をひっくり返したが、まるで――自分が死体を探しているみたいだと思いすぐにやめた。


 振り返ると、村人はもうほとんど逃げたようだった。スカイと、アッシュと、教会の半壊した屋根の上にたたずむユエイン以外、誰もいない。

 小型のバグのほとんどはアッシュに叩き潰された。巨大種も力を失いつつあるように見える。このまますべて事態が収束するように見えた。


「あ、あの……」


 か細い声が聞こえて、スカイは振り返る。

 そこに居たのは、リウイではなく――ライラだった。


「リウイちゃん……探してるんです、よね」


 当たり前だろう。と口を出す前に。

 ぐあんと世界が歪む――バグが現れる気配がする――そして。


「……う、っそだろオイ!!」


 アッシュの声に、とてつもない嫌な予感を覚えながら、瓦礫の山を振り返ると――巨大種が再び、同じ獅子の姿でそこにたたずんでいた。


 ぐおおう……


 獅子の唸りと共に、炎の矢がスカイに放たれる。防御の魔術で防いで、スカイはライラの元に駆け寄った。


「なんで戻ってきたんだ」


「スカイさんが、リウイちゃんの心配をしてるかもしれないとおもって……」


 今度は「しないわけないだろ」という言葉を飲み込む。どんないきさつであれ、ライラはリウイと会った。その事実だけがスカイにとっては大切だった。

 つまり、リウイはこの家から脱出することに成功したのだ。


「スカイ? 何やってんだ?」


 いつのまにか近くまで来ていたアッシュが割って入る。


「……この村の女性の、ライラだ」


 それ以上の情報を持ち合わせていないので、簡単に説明する。アッシュは「……ふーん?」と生返事をして、獅子の方に向き直った。

 炎の獅子はこちらを向いたまま動かない。


(俺を見ているのか――ライラを見てるのか……)


「リウイが…あの獅子の下に埋まってないってことがわかっただけで十分だ」


「おお、猫娘生きてるのか、よかったな! ……アイツの力さえあれば、無敵じゃねぇか」


 アッシュのいうとおりどうにかしてリウイと合流できれば、精霊の力を借りた魔法を使える。魔法は魔術と違って、絶対的な力を持っている。


「……こんだけドンパチやってればさすがにリウイも気付いてこっちにくるさ。俺の任務はこのバグを退治すること、できれば被害なく。だからアンタは、避難してくれ」


「は、はい」


 ライラが走り去るのを確認して、スカイは再び攻撃の体勢に入った。


「暗黒よ」


 先ほどと同じ、触れたものを消失させる魔術の式を編む。


「あんた、大丈夫なの?」


 消失魔術は、魔力消費が大きい。アッシュが心配して声をかけるが、スカイはとりつくしまもなかった。


「お前に心配されるほど落ちぶれてはいない。」


 その表情は涼しげだが、こころなしか息が上がり脂汗が浮いている。スカイはリウイの精霊の魔力とユエインの魔族としての魔力を普段借りている。ユエインが獅子を抑え、リウイがそばにいない今、スカイが使えるのは己の魔力のみ。スカイの魔力量は、通常の人間とさほどかわらない。


「さっきだってよくわかんねぇ…おい、スカイ?」


 異変を察知したアッシュはとっさに剣を鞘に仕舞って、スカイの元へ走った。スカイを肩に担ぎ上げるとそのままその場を脱出する。アッシュが危惧した通りに、スカイは魔力切れを起こしかけていた。

 プライドの高いスカイが、されるがままに担がれているのがその証左だった。


「おい、意識飛ばすなよ! 魔術消えちまうだろ!」


 まだ中空に漂う黒い球に構わず、こちらに一直線に向かってきた炎が消し飛ぶ。

 それでも獅子の咆哮の勢いは衰えなかった。体が黒い球に触れると消えることが分かったのか、炎の鬣をこちらに飛ばしてくる。

 アッシュの退路を拓くように黒い球が飛んでいったところを見ると、スカイの意識はまだ保たれているらしい。アッシュはスカイを担いだままユエインの方に走った。

 その視界のはしに、一直線にこちらに飛んでくる「精霊の化身」の姿をみとめて、アッシュは唇の端をゆがめた。


「おせえぞ!猫娘!そのままユエのとこにいな!」


 大きくこちらに手を振るリウイをみとめて――戦力的には、一番劣る猫娘のはずなのに――この死ぬかもしれない苦境から脱せるかもしれない、と思っていた。

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