精霊はどこに
倒れた炎の獅子を睨み、いつでも次の行動に移せるように気を配りながら、スカイは右手で魔術文字を描いていた。体の半分以上を失った獅子がびくんびくんと震えている。
少し離れたところでは、アッシュがカマキリのバグを殲滅しつづけていた。体を薙いで無力化しては、頭をつぶす。それを何十回も繰り返す。
バグの勢いが途切れたところで、アッシュはスカイの方へ駆け寄った。
「おいスカイ、猫娘はどこ行ったんだよ」
いつもスカイのそばをちょろちょろしている猫娘…リウイの姿が見えないことに気づいたアッシュが声をかける。
スカイは、もう跡形もない村長の館――その客間があったはずの焼け跡を顎で示した。
「最後に会ったのは、そこにあった客間だよ。俺は窓から外に出て、村を調査してた」
アッシュは何か言おうとしたが、キリキリと音を立てて切りかかってくるバグの相手をするにとどめた。
通常であれば。あの業火の中で、生き延びられる生物などいない。
「まぁ、猫娘なら……ちゃんと逃げ出して、どっかでにゃーにゃー言ってる、さ」
不器用すぎるアッシュの慰めにも、スカイは何も答えなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――
リウイは炎の上がった村に帰るべく、聖域から脱出を試みていた。なにもないがらんどうの神殿を走り抜ける。女神像を一瞬見て、恐怖心からすぐに目をそらした。
(アレが、カミサマ……?)
リウイにはそれがとてつもなくいびつで歪んだものに見えた。
両手をひろげて空に捧げる女神像。
たたずまいと言い、雰囲気といい、まるで、女神像自身が救いを求めているようにすら思える。
神殿を抜けて、森へ向かう。
「……ネェ、みんな、ドコ?」
森は静寂に包まれていた。人っ子一人どころか、精霊すらいない。リウイは木の幹をノックしたり、茂みの中を覗いてみたが、いつも呼ばれなくても出てくる精霊たちはどこにも見当たらなかった。
「……ドウシヨ」
リウイひとりでは、村の方向しかわからない。こころを決めて森の中を突き進もうとしたとき。
「……ついてこい」
呼び止めたのはアンダンだった。リウイは肩をつかまれて反射的に飛びのき、ダガーを構える。アンダンは、もう銃を構えてはいなかった。
「村までの抜け道を教えてやる」
アンダンが踵を返し、神殿の裏手にある地下道を指さした。
(抜け道ッテ、このコトだったんダ……)
アンダンの後を追って、聖域と村をつなぐ通路に向かう階段を下りる。
リウイは、背筋に寒いモノを覚えていた。
壁にはつなぎ目の一つもなく、床の材質は少なくともリウイに見覚えはなかった。突然世界に穴をあけたみたいに出来たのであろう、何の飾りもない通路が村までまっすぐ続いている。
(聖域に行きやすくシテって、願ったノカナ……アノ像に)
救いを求めるような女神の像を思い出して、自らの震える肩を抱く。
みんなの願いが叶うように、いつでも叶えることが出来るようにだろうか?と考えかけて……あり得ないと思った。もしもそれが目的なら、村の皆が森への抜け道について知っているはずなのに、誰一人知らなかったからだ。
(ソレにアイツは、自分の願いがカナウためだったら、ほかの願いナンカ踏みつぶしてヤルって言ってた。そんなヤツが…)
先ほどアンダンが「他人の願いなんて握りつぶしてやる」と叫んだ声が耳にこびりついている。
あの時、アンダンの瞳は何も信用しないと言い切るように暗く輝いていた。
前を歩くアンダンの足音が止まる。リウイもそれに習って止まった。
「本当に――ライラがもういいと言ったのか。」
その声はリウイに問いかけているというよりも、自分に問いただしているようで、リウイは答えるべきか迷った。
「……言ったヨ、ボクに。ウイルナ様の森を消してしまってほしいの、ッテ。」
アンダンが黙りこくったせいで、通路自体が一段暗くなったように思えた。リウイは、沈黙をかき消すように言葉を紡ぐ。
「ボクがスカイを探してるときだったヨ。」
もうそれ以上聞きたくないと言うかのように、アンダンは大きなため息をついた。そして一瞬後に、金属がきしむ音がして、通路とは違う色の光が目に飛び込んでくる。
夕日にしてはやけに赤いそれを、リウイは理解できなかった。アンダンも同じくだろう。同時にはっと息をのんで――迫る熱気ですぐに気付く。通路の出口が――物置が燃えているのだと。これは炎なのだと。
アンダンが飛び出すのを追ってリウイも外に出た。
「だから、これがお前たちの答えか!」
「そんなの、ボクが聞きたいヨ!」
燃えさかる村を見回してアンダンが大声をあげる。半ば投げやりに言い返しながらリウイは半透明の羽根をふるわせて空に駆け上がった。
とにかく、スカイの居場所を探さなくてはいけない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます