反撃開始!!


 炎の獅子が立ち上がり、ごうと唸りをあげた。ぐおんと空間が揺れて、いつものカマキリ型のバグがあらわれた。


「仲間を……呼んだ、っていうんですかねぇ、アレ」


 闇色の瞳を紫暗に輝かせたまま、ユエインはバグを指さして言った。


「産んだ、って感じでもねぇなぁ」


 鈍色に光る鋼の大剣を、革袋からぞろりとのぞかせて、アッシュが言葉を返す。それはアッシュが傭兵時代から使っている武器だった。スカイがそれを見て苦い顔をする。


「……まだ、ソレを使ってるのか……」


「そりゃ、昔からの相棒だかんねぇ」


 むき出しになった鋼の剣に、アッシュはくちづけた。それは戦いに身を置くときのアッシュのおきまりの仕草だった。

 昔のこととは言え、自分の首を薙ごうとした剣が目の前にあるのも落ち着かず、スカイはあえて鋼の剣から目をそらした。


 キリキリキリ……キリキリキリ……


 何十ものバグの発する声が、波紋のように重なる。村長の家があった場所は、もう跡形もなかった。巨大種の炎がぬらぬらと蜃気楼のように揺らめいている。


「小型のものはアッシュに任せる。俺は――巨大種をなんとかする」


「はーい、よっ!」


 相槌が早いか、アッシュは一足にバグの群れの中に身を投げて、大剣を振り回した。めりめりという音とともに大剣は何体かのバグを薙ぎ払い、たたき切った。

 通常の物理攻撃が効かないはずのバグも、通常以上の物理攻撃をぶつけられるとさすがに存在が揺らぐらしい。横に薙ぎ払われ真っ二つになったバグが、アッシュに踏みつけられて完全に力を失いもろもろと崩れていく。


 アッシュの戦い方は、体力と怪力、剣術のセンスに頼った我流の剣だった。

 一足飛びに相手の間合いに踏み込み、剣を振り回す。


「う、らぁっ!」


 アッシュの攻撃はなおも続く。鋼の大剣を振りおろし、カマキリの形のバグの肩口から腹にかけてを切りつけた。

 動けなくなったバグが、行動を停止する。


 視界を確保するため、拓けた場所にユエが移動するのをみとめてから、スカイはバグの軍団――中心にいる巨大種に向かって魔術を行使する。


「暗闇よ……消し飛べ!」


 スカイの手のひらの先に、黒い鉄球のような塊が生まれ、それが小さなあめ玉くらいの大きさに分裂する。数にして100程度。音もなくバグの集団に近寄っていく。もちろん狙いは中心の巨大種だ。

 その黒い球に触れてしまった小型のバグが、触れた場所から消失したのを見て、アッシュがあとずさった。


「ちょっ……俺に当たったらどうすんだよ!」


 スカイは魔術の後を追い、巨大種のほうに近づくべく走り出している。アッシュを追い抜く瞬間、涼しい顔をして答えた。


「心配するな。お前には効かない。」


「そりゃそうだけどよ」


 実際、アッシュには魔術が効かないのだ。

 鋼のアッシュという異名を持つ彼は、生まれたときから魔力というものをみじんも持っていなかったのだという。それ自体はあり得ることなのだが、アッシュは他人の魔術すらかき消してしまうという特性を持っていた。

 魔術の炎がアッシュを焼いても、炎はアッシュに触れた瞬間に消える。魔術自体が消えてしまう。

 その体質のおかげで、対魔術師用の戦闘訓練を受け、何人もの魔術師を手に掛けた。傭兵として働いていた頃は、鋼のアッシュとか魔術師殺しのアッシュと呼ばれていた。


 暗黒を纏った消失魔術たちが、次々と炎の獅子に触れていく。触れた場所が突然消失し、炎の獅子は一見再起不能なほど、穴だらけになっていた。

 獅子が炎を吹きだそうとするが、大きな口をあけてもその口からは吐息しか漏れない。発生する魔術を次々にユエインが無効化しているのだ。

 時折、無効化しきれなかった炎が吹きあがり、そのたびに遠くで村人のものらしき悲鳴があがる。


 体の半分を消失させられ、ぐおん、と炎の獅子がもんどりうって倒れた。



 

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