魔術師はここにいる

 強烈な空間の歪みを感じてスカイは意識を取り戻した。目の奥が焼けるように熱い。歪みそのものだけではなく、スカイが捕らえられている納屋自体が、パチパチと爆ぜるような音を立てる。


(――ような、じゃない!)


 村が燃える、納屋が燃える、数秒後に自分が燃える――それを察知して、具体的な行動を考えるより先に、肺が息を吸い、呪文とともに息を吐き出す。


「壊れろ!」


 声を媒体に魔術が発動し、一瞬で世界が書き換わる。スカイが前につきだした手から放たれた衝撃波が明かり取りの窓を爆砕した。

 外から悲鳴があがる。


「なんだ!?」


「あっちにも化け物が出たのか!?」


 爆発音を聞いた村の男たちの声が近づいてくる。その声の雰囲気からも知れるのは、この爆発は彼らがスカイを殺すためにやったことではなく――化け物、おそらくバグによるものだということだ。

 スカイは窓に手をかけて、外に出た。納屋は半地下になっていたらしく、ちょうど村の広場の前に転がり出る。


「魔術師様! 今までどちらに……!?」


 スカイを見つけた村の女たちが、血相をかえて駆け寄ってきた。お前らの村の男たちに捕まっていたんだよ、と言えるわけもなく飲み込んで、質問する。


「……村の状況を教えろ。けが人は出たか?」


 片方の腕に子供を抱いた女が首を横に振る。


「行方が判らない奴やひどい怪我をしている者はいるか?」


 今度はその傍らの老婆が首を横に振った。


「従者のお嬢様と、村長だけが見当たらなくて――きゃあ!!」


 空間がふるえる気配を感じて、声より先に右手が動いていた。光の文字が障壁になり、バグが放った攻撃を防ぐ。それは炎だった。障壁を舐めるように炎が包む。村の女たちは震えながら、炎が放たれた一点を――村長の家を見つめていた。

 そろりと気配が動く。スカイがそちらを見やる前に、轟音を立てて村長の家は焼け落ちた。


(……もしリウイがまだ居たら……)


 頭によぎる最悪な想像を、スカイはかぶりを振って追いやろうと努めた。

 頬に冷や汗が流れるのを感じながら、怯え切った村の女たちをかばうように背にして忠告する。


「立ち止まるな――出来るだけ遠くに逃げろ……」


 瓦礫の中から、その気配が動いた。高温を放つ脚が木を燃やし、輝く炎のたてがみが石を溶かした。炎でかたどられた体が立ち上がる。咆哮とともに吐き出すのは青い炎――それは、体の何もかもを炎で象られた、獅子。


 いっそ神々しくすらあるそれは――通常とは違う――身の丈がスカイの3倍以上もある、バグの一種だった。


「巨大種!」


 強い歪みから生まれた、通常のバグより強大なバグ。その大きさから巨大種と呼ばれるそれは、1体で街をせん滅しつくしたこともある、凶悪災害だ。

 獅子がうなるたび、炎が吹き出し。長い尻尾が瓦礫を炭にする。


 一足歩くごとに、熱風が巻き上がり、触れてもいないのに木造の小屋は炎をあげて燃えさかる。


(あいつを移動させるな……村が燃え尽きる!)


「世界よ!」


 呪文によって獅子の前足部分の空間をねじ曲げた。着地するはずの地面を失った体がもんどりうって倒れる。

 獅子のたてがみの毛束のひとつが炎の矢となり、スカイを焼き尽くそうとするーーが、スカイの手元にある光の文字が輝いて、障壁を生み出した。


 通常の魔術師の戦闘と違ってスカイの戦闘には隙が生まれにくいのだ。呪文で攻撃し、描いておいた文字で防御する。魔術師は……特にバグ狩り部隊はチームで行動する。誰かが防御を担当し、誰かが攻撃を担当する。群れれば隠密行動には向かないが、スカイは理論上、それが独りで出来る。チームが必要ない。


「閉じろ!」


 獅子の前足を別の空間にとばしたまま、無理矢理それを閉じた。普通の生き物であれば、別の空間に存在する部分がちぎれ飛んで血が吹き出す――が。


 たてがみの一部が膨張し、体を包む。次の瞬間には前足が復活していた。その注意がスカイではなく、逃げ遅れた子供に向いていることに気づき、スカイは駆け出した。


「お前の相手は――魔術師はここにいる!」


 フォォォォン!


 獅子が唸り、たてがみの質量が爆発的に増えて――巨大な炎の柱がスカイの視界を包み込んだ。


 

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