壊れていく景色の中で
体が炎に包まれていく感覚。焼き尽くされて灰も残らない予感。
スカイは咄嗟に魔術を行使して、自らの体を空間の歪みの中に滑り込ませた。正気を保たなければ、一瞬で自我が吹き飛んでしまう。失敗すれば体がちぎれ飛ぶかもしれない高等魔術。
目を開いても何も見えない闇の中で、スカイは炎ではなく自責の念に身を焦がされていた。
灼熱の炎に身を焼かれそうになる一瞬の中で、出来たのは自分の身を守ることだけだった。目の前にいた子供を、同じ空間に連れてくることはできなかっただろうが――村を守るほどの魔術文字を作っておくことを怠った自分を、闇の中でひたすらに責める。
一瞬、このままあちらの世界に戻らなければいいんじゃないかという甘い誘惑が頭をよぎる。
何もかもを忘れて、この闇の中に身を溶かしてしまえば、もう怖いものなどないのではないか、と。
別の空間に身をおいた瞬間に、自我はうろんになる。このままその誘惑に身を任せてしまった人間の末路は、存在が消えるか、良くて廃人だ。
(……守れなかった……)
一度は確実に抱き留めた幼児の体温のぬくもりをありありと思い返す。
(……それでも、あの巨大種だけは、俺がなんとかしなきゃいけない)
スカイは心を決めた。元の空間に戻る魔術を思い出し、文字で行使する。長い時間に思えたが、実際は一瞬だったようだ。
元の世界に戻ったスカイの目に写ったのは、別の空間に移転する前となんの変わりもない世界だった。
「間一髪、かね」
ため息と共に馴染みの声がする。スカイの代わりに子供を抱きしめてかばっていたのは、隻眼の剣士だった。
「ほんと、ギリギリでしたねぇ」
のんびりとした、鈴を転がすような美しい声が、その声に応える。
「間に合ったのか……アッシュ、ユエ」
「呼ばれちゃいましたからねぇ」
「ほんと、もっと早く呼んでくれりゃいいのによ」
隻眼の剣士は、アッシュ・ブラッドアーム。美しい声の持ち主は、闇色の髪に闇色の瞳を持つヴィオレッタ・ユエイン。
二人ともスカイの馴染みで、スカイと同じくらいの手練れだった。
やわらかい声と裏腹に、ユエインの瞳は鋭く巨大種をとらえていた。その瞳が闇色に煌々と輝いている。それはユエインが今現在魔術を行使しているという他ならない証拠だった。
「炎は私が無効化できました。ちょうどスカイが戦ってるのが見えたので、本当に良かった」
半魔族のユエの魔術は、視線を使う。視線が及ぶ場所ではユエインは、時に最強の力を発揮する。しかしそれは、本当に分の悪い賭けだった。
「ちゃんと発動したんだな、魔術」
ぽつりと漏らす。ユエインは魔術学校時代、こと魔術の制御が苦手だった。それはもう、ねらった規模で威力で成功する確率は限りなくゼロと言わんほどに。
「あ、ひどい。でもまぁ、炎を無効にするだけですし、割とそれは成功率高いですよ、一応。水で消せっていわれてたら、このあたりが完全水没か小雨かどっちかかもしれませんけど。」
ユエインが拗ねた顔をする。そしてその闇色の瞳をスカイに向けかけたところでアッシュの鋭い声が届いた。
「ユエイン、あいつから目ェ離すなよ! …ホラ、今のうちに逃げろ」
スカイは子供の背中をポンとたたいて促した。あまりの事態にあっけにとられていた子供が泣きながら、先ほどの老婆の元に走っていく。
その背中を見届けてから、スカイはもう一度、巨大種――炎の獅子のほうに向きなおった。
「……礼を言う」
柄にもないスカイの礼に、アッシュは剣を握りなおしながら答えた。
「いいってこと、俺はそのために居るんだしな。で、アレどうするんだ? 」
「……もちろん、殲滅する」
スカイの頬に、やっと笑みがもどった。さあ、反撃開始だ。
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