魔術師はどこにいる?

 年代物の、鈍色に光る拳銃が、リウイのあごに突きつけられている。押し付けられる力の強さで、もうすでにリウイの肌が赤みを帯びていた。


「スカイがどこにいるかなんて、知らないヨ……ボクが知りたいくらいダ……」


「もう、お前など捨ててどこかに逃げたんじゃないか?」


 意地悪な笑みを浮かべながらアンダンが言う。銃口をさらにぐりぐりと押し付ける。もう泣きだしそうだったりウイは、瞳に強い光を宿らせて、再びアンダンをにらみつけた。


「そんなわけない! スカイはボクを、絶対に捨てナイ!!」


 きっぱりと言い切られ、アンダンの表情が歪む。とてつもなく醜悪に。


 この、裏切られることを知らない子供に、とんでもない悲劇を降らせてやれ。彼の心の中の悪魔が首をもたげて囁く。


「じゃあ、なぜ迎えに来ない?わしを止めに来ない?」


 銃のせいで抵抗ができないリウイを蹴り飛ばす。蹲ったその小さな背中を、2度、3度と踏みつけた。

 リウイのかぶっていた帽子がとれて、その獣の耳がのぞいたとき、アンダンは唾をのんだ。


「なんだ、それは――」


 リウイは無言のまま、帽子を拾ってもう一度かぶろうとした。が、それも叶わず再びアンダンの足が飛んでくる。


「お前は、人間じゃないな? ……だから、捨てられたんだな?」


「スカイはボクを捨てナイ!」


 気丈にも言い返すリウイをもう一度踏みつけて、アンダンは高らかに言う。


「手足を縛ったところで、魔術師を縛ることはできん。おおかた今頃脱出して、遠くの街に助けを呼びに行っているのだろうな、お前を捨てて」


 びくりとリウイの体が跳ねる。それをいいことに、続ける。


「今まで村に忍び込んだ魔術師はそうだったよ。逃げるときには、厄介者は捨てるものさ」


 逃げた魔術師が街道あたりに出たころを見計らって、女神像に願って消すのだ。それがアンダンのやり口だった。


「魔術師の居る場所を教えてやろう。きっともう、リートルードの街まで逃げているさ。お前を置いてな」


 誰から見ても、この少女は足手まといだった。逃げるにも、任務を遂行するにも、助けを呼びに行くにも。村の一角にかくまわれているのなら、普通は何も知らせず応援を呼びに行く。


 アンダンは――かえって静かに、言った。


「願いを捧げよう」


 その言葉に女神像が反応する。


「……あの、スカイとかいう魔術師を、炎に包め」


「!!」


 女神の像は大きな白い翼を広げ、淡く輝いた。


『ネガイヲ、受理シヨウ』


「焼き尽くされたその場所に、魔術師がいる。きっと村の外だろう。自分を捨てた人間の場所まで走れよ。それが遠ければ遠いほど、お前は捨てられたと実感するだろう」


 願いが受理された。


 その瞬間、リウイはがくんと体が揺れるような感覚を覚えた。世界が歪んで消えてしまいそうなほどの寒気。数秒遅れて村の方角から大きな爆炎があがった。


「な……」


 顔色を変えたのは、アンダンの方だった。

 爆炎に照らされたリウイが笑う。村が焼けているということ、それは。


「ほら、スカイはボクを捨てなかった!あれは村の方ダネ」


 突きつけられた銃にもう力が入っていない。それを振り払い、リウイはアンダンの手を引いた。


「ホラ、ぼーっとしてないデ走るヨ!! 爆発が村ナラ、村の人が心配ダヨ!」


 呆然と村の方角から上がる炎を見つめているアンダンは、何も答えない。リウイは精霊に腕を引っ張られ駆け出した。あの炎はただの炎ではないと精霊たちが口々に言う。

 ――スカイはどこにいるんだろう。



 

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