神殿での攻防
人間の足音が聞こえて、咄嗟にリウイは女神像の影に隠れた。現れたのは予想通りアンダンだ。彼は恍惚とした表情で、両手をささげるように広げて女神像を見つめている。
「待っていてくださったのですか、女神様」
女神像を見つめるその目は狂信者のそれだとリウイは思った。自分の到着より先に起動していた女神像が、本当に自分を待っていてくれたのだと信じて疑っていない。
何かを狂ったように信じる者に、リウイはどうしようもない恐怖を感じてしまう。何かを信じる者は、同じぐらいの熱量で何かを捨ててしまうからだ。
『ネガイヲ』
アンダンの言葉に応えるともなく――女神像が再び、その場に居るものに声を叩き込んでくる。慣れない感覚に思わず両手で耳を塞ぎ、リウイは蹲った。
「願い!ええ、そのために参りました。今日はいつもと違い、命を与えるのではなく奪うほうですが」
些か大仰な仕草で、アンダンは答えた。命を奪う――そう聞いてリウイの背に鳥肌が立った。本当に、彼はスカイの命を奪ってしまうつもりなのだ。
リウイは人間が怖かった。人間に、優しくされた記憶なんかほとんどなかったからだ。村にいたころは、ろくにご飯をもらえなかったし、見た目のおかげで怯えられ、迫害された。
(やらなキャ……)
リウイは、スカイから戦闘訓練を受けていた。だからバグを退治するための手伝いはできる。
ただ、一人での戦闘の経験はほとんどなかった。まだ判断力の乏しいリウイが、間違った判断をしないように、スカイはリウイの単独戦闘を禁じていたからだ。
(……アブナイことからは、逃げロって教えられてキタけど……)
いつのまにか視界が涙でにじむ。リウイは両手でそれを拭った。
今、逃げたら、スカイが消されてしまう。
考えるより先に、体が動いていた。
昴の街で買ってもらったダガーをしっかりと両手に握る。駆け出す。あとは、体ごとぶつかるだけだ。
「ぐっ……!?」
戦闘訓練の賜物か、リウイのダガーは確実にアンダンをとらえた。
ダガーを根元まで腹に差し込まれ、うめき声をあげる。突き飛ばされてダガーと共に離れたリウイの両手は血に塗れていた。
「お、まえは……!?」
「ボクは……!!スカイを、殺さセナイ……!!」
その場に崩れ落ちたアンダンを見下ろしながら、リウイは吐き捨てるように言った。ぼろぼろとこぼれる涙を手で拭うと、アンダンの血でリウイの顔も汚れる。
アンダンは呻きながらも冷静に、体を仰向けて女神像に向き直った。
「……女神よ、俺の傷をふさいでくれ」
『……ネガイヲ、受理シタ』
願いが聞き届けられた瞬間、時間が巻き戻るかのようにアンダンの傷がふさがった。
信じられない、という面持ちでそれを見届けたリウイに、深いため息をつきながらアンダンが言った。まだ血が足りないのか、少し顔色が青白かった。
「信じたか、これがウイルナ様だ。どんな願いでも聞き届けてくださる……ああ、塞げではなく癒してと言えば良かった」
「あんナノ…魔術でも、こんなに綺麗に治らないヨ……ボク、ちゃんと刺したのに」
足元に血濡れのダガーが転がっている。アンダンは「ああ」と頷いた。
「ちゃんと痛かったし綺麗に刺さっておったよ」
そしてアンダンはダガーを忌々しげに踏みつけ、まだ現実が受け止められないリウイに向けて、年代物の銃を突きつけた。
「誰にこの場所を聞いた? 魔術師はどこにいる」
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