願いを持つ人

 ざり、ざり、と土を踏む。……スカイを地下牢に放り込んだあと、アンダンは普段は着ない黒いコートを羽織った。机の中に隠してある拳銃を、乱暴に内側のポケットにねじりこむ。


 ふと見ると、従者の娘もいなくなっていた。おおかた、主人を探しに行ったか――それとも森を探しに行ったか。どちらにせよ二人とも処分することに決めた。


 ドアを開けて外に出ると、もう夜だった。烏が一羽、闇に寄り添うように屋根に止まっていた。アンダンは悠々と村を横断する。

 魔術師を捕まえた以上、従者の小娘に何ができるとも思わない。それに。


 村から、聖域に向かうための抜け道は、ずいぶん前に「願って」おいた。これでいつでも聖域に向かえる。何回目の願いかは覚えていないが、それが一番最初の願いではなかったことは確かだ。

 聖域は人里離れた場所にある。前の村からでさえ、数日かけて向かった記憶がある。


 そのときは、何を犠牲にしてでも叶えたい願いがあった。

 だから死にものぐるいで聖域に向かった、若い頃の自分。


 ――いつしか、その願いを維持する為だけに、何度も願い続けている自分がいた。何もかもを犠牲にしても。世界が壊れてしまっても。



 アンダンは、いつの間にか倉庫の前にとまっていたカラスを追い払って扉に手をかけた。

 村の端にある何の変哲もない倉庫は、床の一部がはずれるようになっていた。アンダン以外は誰も知らない隠し通路がそこにある。重い床をはずし、明かり代わりの蝋燭を持って階段を降りていく。

 頼りないろうそくの明かりが振れる。思わず壁に手を当てて、一つ舌打ちをした。

 隠し通路の床には継ぎ目がなかった。当たり前だ。人間が作ったものではないからだ。聖域に存在する自分たちの神が、人間の為に――アンダンのために、願いによって生み出した通路だから、継ぎ目なんか存在しない。


 真っ白な床と壁と天井。

 隠し通路はただまっすぐに聖域に続いていた。

 靴底が床に触れるたびカツカツという反響音だけが響く。化け物――バグが出る上に、人の手が入っていない森を抜けるより遙かに効率的で安全だ。この通路を作り出してから、願う回数は増えた。

 それでも聖域まではそこそこに距離がある。地下通路で1時間ほど歩き、ウイルナの森の中心部、ウイルナの神殿に、これでたどり着ける。


 そう、神殿に願うのだ。この「願い」を壊すために現れた魔術師を消してもらわなくてはならない。

 命を与えることが出来る神殿なら、奪うことだって簡単だろう。

 何もかも願いが叶うこの神殿が、人の手に渡ってはいけない。……アンダンの願いを叶え続けるために。

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