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「それでは、魔術の基礎訓練を始める」


 師匠、シルヴ・ムスペルヘイムの号令によって、スカイをはじめ数人の生徒が集まった。通常魔術の訓練はクラス制度とは名ばかりの、徒弟制度で行われる。集まった生徒はシルヴの弟子の面々だった。ほとんどが優秀な魔術師になると確約されたようなダイヤの原石たちだった。


 魔術の訓練はもっぱら、屋外で行われることが多い。理由は単純明快で、部屋の中で行うと制御しきれずに時々屋根やら壁を吹っ飛ばす者が居るからだ。

 屋外とは言え昴の敷地内だ。自然、建物から丸見えになる。

 まだ、その白銀の髪が肩に着くほどの長さの、幾分幼さの残るスカイが師匠の求めに応じて手本となる魔術を行使した。

「火よ!」というスカイの声にこたえて、人の倍ほどの大きさの炎がたちのぼる。

「消滅せよ!」今度はシルヴの声だった。低い、オオカミの唸りを連想させるような自信に満ちた声。果たしてスカイの発した炎は、完全に消滅した。


 今日は、ペアになり片方の発した炎を、もう片方が消す、というだけの簡単な実技演習だ。

 スカイとユエインの属する、シルヴの率いる特別訓練クラスは、そのほとんどが王宮魔術師になる。それゆえ一般クラスの者からは、王都組と呼ばれていた。

 スカイは、文字を使った魔術が使えるのでこのクラスに選抜された。


「おい、王都組が演習してるぞ」


「今更基礎魔術か? 」


 一般クラスの生徒が窓から見物しているのはいつもの光景だった。特別選抜クラスは羨望の対象であり、彼らが無事に卒業すれば、絶対に自分たちは王宮魔術師になれないと思っている者からはやっかみの対象だった。


「知ってるか? 魔力の測定器を壊した奴がいるんだって」


「あの女だろ? 俺見たぜ、目の前でボンって爆発したの」


「でもあの子、制御が下手くそよね。あれくらいの制御、初等科でもできるわ」


 ユエインは特別選抜クラスに途中から編入された。

 入学早々、最初にクラス分けのために魔力を測定した時に、ユエの魔力は測定できず、一番落ちこぼれのクラスにいた。誰もが、ユエインは人より少ない魔力を持った、美貌だけの魔術師だと――そう思っていた。

 実際は逆だったのだ。実際の魔力を測定されるのを怖がって、ユエインは全力を出せずにいた。

 

 一般の授業で、風を操り風車を回すというごくごく単純な実技練習があった。

 ユエインはそのとき、風車どころが、建物の屋根ごと吹き飛ばした。魔力の暴発である。

 通常の魔術師でも、いや落第寸前の魔術師見習いでもできるような、魔力の制御がユエインは苦手だった。いや全くできなかった。


 その後も、ブロックを壊す魔術では、その向こうにあった物置小屋ごと消し飛ばした。水を生み出す魔術では、あわや昴下の街に水害が出るところだった。


 訓練に参加する度にけが人も出て、自然とユエインは孤立した。


「誰がユエインと組む? 」シルヴが生徒に尋ねたとき、真っ先に手を挙げたのはスカイだった。


「…ほ、炎よ!」


 ユエインが生み出した炎は、もはや地獄の業火に近かった。そしてそれはそのまま、スカイに襲い掛かる。

 窓から見ていた一般組のほとんどは逃げ出した。勇気のある者だけがそれを見ていた。


「っ……けしとべ!!!」


 スカイはすんでのところで、向かってきた炎を、自分が生み出した空間の歪みの向こうに追いやった。……多少、焦げながら。


 それから何度も実地練習があったが、ユエの魔術が暴発しそうになっても、スカイはちゃんと防御しきってみせた。ただそれはいつも本当にギリギリだったようで、授業からの帰り道、ユエインに聞いたのだ。


「お前、人間じゃないだろ」と。


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