アトラの悲しみを知る人
隣を見るとリウイは、半分涙目になっていた。
この神話のどこに泣く要素があったのかわからない。「どうした?」と聞くと、リウイはふるふると首を振った。
「アトラはさいごマデ、ひとりボッチだったノ? 」
「……これは神話だ、おとぎ話だぞ? 」
リウイはぐしぐしと鼻をこすり「デモ……」と言葉を続ける。
「寂シイよ、どこマデもナニも無かったら、ボクも……ずっと泣いてルとオモウ」
「寂しかったから、世界を作って、大陸になってくれたんだろ」
正直俺には、この神話を事実として受け止める感受性がないので、どう慰めていいのかわからない。俺にとって神話は神話で、この大陸の地理を覚えやすくするためのものだと思っていたからだ。
「デモ、デモ……アトラの上にボクらはいるケド、誰もアトラと話してあげラレないよ」
「……そうかもしれないな。でも、おかげで俺たちはこうやって生きてる。見てみろ」
俺は、世界書の挿絵になっている、世界地図を指さした。
大海に、ぽつんと大陸が一つ浮かんでいる。
中心を山脈が貫き、その山によってほとんど東西は分断されている。これがいわゆるアトラの背骨、ラキェスト山脈だ。
「地図?」
「そうだ。ラキェスト山脈は、アトラの背骨。北にアトラ教の神殿がある。そこにアトラの頭があった…らしいからな」
「王都はドコ?」
俺は無言で王都を指さした。アトラの心臓に建てたという王様の町。王都と呼ばれる、いわゆる首都は、ほぼ大陸の中心西寄りにある。
「アトラの心臓部だ」
王都はラキェスト山を背にして、西の海と東側のラキェストの山垣を削るようにしてそびえている。
全体には、横に広い楕円の形をした島。最北端だけが、まるでなにかに削り落とされたみたいに直線に描かれている。
「ドウシテ北はこんなにまっすぐなんダロ?」
「さぁな。実際、神殿の向こうはほとんど未開の土地なんだとさ。だから適当に海岸線を引いたのかもしれない」
この大陸はわからないことが多い。海路のほうが楽だろうと、西の港から旅立った調査船団も、帰ってはこなかったという。
「今イル昴は?」
俺は、飽きるほど眺めた世界地図をなぞる。そして現在いる大陸の東側の昴の街に目を落とした。
「王都の反対側。山脈挟んだこっちだな」
王都から背骨である山脈を挟んで反対側が、現在いる宿がある昴の街。‘昴’と呼ばれる、俺も育った魔術師の育成施設が中心となった街だ。
リウイが、ぽつりとつぶやいた。
「昴のヒトは、昴のコトをコッチっていうんだヨネ。王都のヒトは昴のコト向こうッテいうんダ。山のせいダケ? 」
「……まあ、昔一回争ってるからな、本物の世界書を巡って。確かに貴族は昴のことを向こうって言ってたな」
リウイと一緒にいると、時折彼女が誰よりも繊細な精神を持っているのだということに気づかされる。観察力というべきか、生まれ育った環境か、彼女は人同士の力関係に敏感だ。
それは獣人だからなのか俺が鈍いのかはわからない。
そもそも俺は、王都にいても昴にいても
「ソレデ、どっちが勝ったノ?」
「……世界書は向こうが持ってる。昴は自治権を得てる。誰も勝たなかったのさ。みんな負けた。王都は魔術師に焼き尽くされて、昴は人間に蹂躙されて、人ばっかり死んだ」
「……それは、アトラもカナシイね」
表面的には貴族と昴は友好的な関係を築いている。完璧に訓練された魔術師は一人で軍隊1個師団にも相当する戦力で、貴族同士でどの魔術師をお抱えにするかで争いが起こったこともある。
そこで王宮魔術師という制度が作られた。王宮全体で魔術師をお抱えにするのだ。
俺は王宮魔術師になった。誰もが嫌がる危険な仕事をやる係だ。
昴の優秀な魔術師は、毎年数人が王宮魔術師に選出される。それに拒否権はない。本人も、昴も。
そうして、魔術師という、兵器にも匹敵する絶対的な戦闘力を分けて持つ。
王都を昴は監視し、昴は王都によって牽制されている。その絶妙なパワーバランスによって、この国――アトランティアの平和は保たれている。
「ああ、人ばっかり死んで……だから、バグなんて出たのかもな」
この世界は終わりに向かっていると言われている。その理由の一つが、最近現れる「バグ」という化け物だ。
戦争が終わるころ、敵味方の区別なく、人間が殺戮される事件があった。かろうじて生き残った者が「大きな虫にみんな殺された」と言い残し――その化け物はバグと呼ばれるようになった。
――BUG(バグ)は時空の歪みから現れる。
目的は不明。当初は大型の猛獣で、人間を捕食対象としていると思われていたのだが、魔術師団の調査で、襲われた人間に食べられた形跡がないことがわかった。捕獲したバグを絶食状態にした実験もあるが、そもそも食べ物を探すなどの生物として根幹の行動が見られなかったという。
虫のような姿をして、魔術師が一人では太刀打ちできないような力を持ち、見境なく人間を殺していく――世界の終焉者だ。
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