黄昏に向かう世界で

―――――――――――――――

 物心付いた頃には、昴の中で魔術の訓練を受けていた。同じくらいの年代の――ひどく幼い子供たちが、魔術の修練をしている。

 風を吹かせるための魔術だった。


「かぜよー!」


 隣のぱっとしない男子が呪文を唱える。そよ風ひとつ起きなかった。

 その隣にはいやに肌の白い、黒い髪の少女が俯いていた。


「じゃあ、次の人、唱えて」


「…風よ」


 少女の声が涼やかに響いて、突風が起きた。世界の全てが吹き飛びそうな突風だ。通常の魔力じゃない。死ぬとおもった。とてつもない高度な魔術式が俺には。だから。

 俺は咄嗟にその、見えた魔術式を書き換えていた。光の文字を使って。


 風が突然に凪ぐ。俺に魔術の式を壊されたからだ。


「……スカイ・ウィリアムと、そこの……ヴィオレッタ。後で私のところへ来なさい」


 初級の先生の声ではなかった。もっと黒々とした、威厳のある。彼が稀代で最高の魔術師だということは、俺は前から知っていた。初級の先生でも防御の魔術を張り切れなかったところを、俺の師匠に助けられたようだ。他の子供たちも怪我はしていたが死にはしなかった。

 そして俺は特別選抜クラスへ正式に登録された。


――――――――――――――――――


「すーかーイー! 」


 遠くでリウイの声がした気がして、俺は目を覚ました。少し眠っていたようだ。

 そういえば朝、変な夢をみたせいで、寝た気がしなかった。

 ふと見ない間に、先ほどまで騒いでいたリウイが居なくなっている。大方、宿の主人に飯でも催促しに行ったのだろう……と思いながら。

 俺は、嫌な予感がして半身体をそらした。

 足音もなく、鈴のような羽音をさせて――スカイの眼前にリウイが現れた。完全なドロップキック体勢だったが、俺が退いたのでそれが空振りに終わる。風を切る音だけが響いた。相変わらず獣人の身体能力は怖い。

 リウイは片手に手紙を持っていた。


「ずっと呼んでタの、聞こえてたクセに、無視はないデショ。これ、手紙」


 リウイは獣人なのでその口は言語を発声するのには向いてないのかもしれない。言葉のところどころに、舌足らずな発音が垣間見える。

 それを片手で受け取って、そのまま目を落とす。


「王都でバグでも出たのかよ。俺は先週ここについたばっかりだっていうのに」


「休む暇もナイねぇ。スカイみたいなエリートじゃナイと、倒せナイんじゃない?」


 俺は呪文を声に出さずに、さらさらと指先から光の文字を書いた。

 通常の魔術師は、声で魔術を司る。呪文は詠唱するものだ。

 音声によって世界を構成する式に介入し、書き換える。それが一般的な魔術だ。

 俺はそれを声を介さず、魔術文字に起こして文字の状態でも使うことができた。そもそも、世界を構成する式を一種第六感のように「視る」ことができた。


「そーかもな。と、リウイ、借りるぞ」


 少女の赤茶色の猫のような髪の毛をくしゃくしゃとなでて、頭についていた野ばとの羽根を頂戴したスカイは、それに魔術を込めた光の文字を込めた。


「なにしてンの?」


 山鳩の羽根は、光り輝く小鳥になる。


「あいつらにも、念のため連絡入れておく」


 指を離すと、小鳥は風のようにどこかに飛んでいった。


「大規模なバグ狩りとかカナー」


 リウイから受け取った指令の書をちらりと見た俺が、大仰にため息をついた。

 鈍色の空には夕焼けすらなく、ただただ暗い夕闇が迫る。


「長く……なりそうだな」


 世界の破滅へのカウントダウンが、また一つ進んでいく。



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