世界の全てを記した本と
俺たちはそれぞれ普段着で、昴の街に買い出しに出かけることにした。俺は紺色の長袖シャツに黒いパンツ、リウイは木綿のシャツにキュロット姿に着替える。
リウイの獣人のしっぽが外に出てしまうので、俺のカーディガンを貸すことにした。これを着ていればリウイの背丈なら、太もものあたりまですっぽりと隠れてしまう。仕上げに、耳を隠すために帽子をかぶしてしまえば出来上がりだ。
俺もその上にフードのついたマントを羽織りフードを目深にかぶることにした。
「ナンか、暑い」
「目立ちたくないんだよ。俺は外に出るときはだいたいこうだぞ」
こう、といって目深にかぶったフードを指さす。町で売っている旅人用フードつきマントだ。丈夫な生地で作られていて、もう何年も愛用しているし、戦闘時も着用したままのため裾のほうはボロついている。
「逆にアヤシイ」
「だろうな。俺は髪だけでどこの誰かわかられちまう。嫌なんだ」
大陸、とくにこの町に住むのは人間ばかりで、その多くがブラウンの髪に瞳だ。金髪や赤い髪など、遺伝的に多様性はあるものの、白銀の髪はそうはいない。というのもそれは人間種族の特徴ではなく、今はもういない天使種族が持つ髪色の特徴だからだ。俺自身師匠に保護されたのもそれが理由で、しかも天使種族が使うという、呪文詠唱の必要のない文字を空中に描く文字魔術を使えた。
翼がない以外は、俺はほとんど天使種族に近いのだ。
「昴でヘンなクラスにいたんでショ? 」
「変ってお前なぁ……」
否定しようとした俺の頭を、クラスメイトの姿がよぎる。
何年生きてるかわからないが見た目は若い師匠。師匠より老け顔のせいで師匠と間違われる、何考えてるかわからない兄弟子。それからクラスにいたのは超絶魔力を持ってるくせに、制御できずに危うく街を吹っ飛ばしかけた奴。それから……と考えそうになって、俺は思考を中断した。変なクラスであったのは確かだ。
スカイたちが宿にしているラピスラズリ・インは3階建ての木造宿だ。1Fが食堂と店主の居住スペース、2階と3階にそれぞれ部屋が2つずつの、小ぢんまりとした作りだ。スカイたちは3階の部屋を常宿としていた。
若い魔術師たちがそうするように、スカイもこの昴の町にいるときは宿を決めて長期で借りる。
仕事で遠くに行くような用事ができると、短くて数か月、長くて年単位で昴の街に帰ってくることがない。なので、任務が入ると下宿宿を一旦引き払うのだ。
「昴に行ってくる」
一階の食堂で、店主が晩飯の支度をしていた。スカイが声をかけると、店主は厨房の奥から「あいよ!」と愛想良く返事をした。
「鍵かい? スカイさんなら持って行って構わんよ。まだ出発じゃないだろう? それに今、これだから」
店主は両手をスカイの方にひらひらと見せた。その手は粉まみれだった。
普通の旅人ならば、鍵を店主に預ける決まりだ。宿代を踏み倒して夜逃げする奴がいるからだ。しかし、スカイがうるさく鍵を預けろと言われたことはなかった。
スカイが魔術師養成施設を出て、昴の町に滞在する間はほとんどずっとここを使っていた。4年以上の付き合いなので、店主とはなじみである。それに加えて、スカイはそこらにいる野良の魔術師ではなく、昴という魔術師を育てる養成学校を出ているため、身分は昴に保証されているからだ。
店から出て、広いとは言えない通りに出る。リウイは不思議そうに空を見上げていた。特徴のある獣の虹彩が細められている。
スカイもリウイにならって空を見上げた。
薄ぼやけた雲に包まれた灰色の空を突き刺すように、高い塔が伸びている。上の方はかすんで見えない。
雲を突き破るほど伸びた、人工の塔。それが昴の塔だ。
「アレが、昴の塔? 」
「そうだよ」
「コノ街が、昴の街ダッタから、昴の塔ってナマエになったノ? 」
「……それは少し違うな。歩きながら話すか」
スカイは塔に向かって歩き出した。塔に向かうにつれ、町の建物が豪華になっていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます