はじまりのはじまり

世界のすべてを知りたくて

 悪夢から覚める時は、自分が自分ではなくなるような感覚に襲われる。ベッドから体を半ば引きはがすように起き上がり、髪をかき上げた。

 目の端に映る髪は、銀色。窓の外にいつも見える空と同じ色だった。


「スカイ、やっと起きたノ? 」


 少女の声で名を呼ばれて、やっと俺は自分を取り戻した。スカイ。自分の名前だった。そしてそれと引き換えに、夢の中での一切合切を忘れた。

 ベッドサイドにおいてある皮ひもで、髪を後ろに縛りながら、外を見やる。いつも俺がとっている安宿――ラピスラズリ・インの薄いカーテンは、もうのぼりきった太陽の光を完全に遮るだけの力はなかった。


「リウイ、先に起きてたのか」


 少女の名を呼ぶ。リウイと呼ばれた彼女は、人間とは違う特徴的な外見をしていた。顔の造作が特別美人だ、というわけではない。どこにでもいる、快活な少女。人間でいうと12歳かそこらの年齢に見える。ただし、その瞳の瞳孔は、明るいところでは猫の目のように細い。一番に目を引くのは、その頭に生えている獣の耳だった。

 リウイは、獣人の特徴を持っている。

 その野生を残す瞳にはありありと、不満の色が浮かんでいた。


「寝すぎナンだよ! ボクは一人で外に行っちゃダメっていうし、スカイは起きないし、ボク、ヒマでヒマで溶けるかと思っタ! 」


 舌ったらずでまくし立て、テーブルをバンと叩く。そこには、食べ散らかされたお菓子があった。ビスケットを包んでいた包装紙はぐちゃぐちゃにされ、チョコレートを包んでいた半透明な色紙は適当に折られていて、リウイなりに散々暇をつぶそうとした形跡が見て取れた。

 王都が製造する、貴族御用達の高級お菓子も、リウイにかかれば形無しだ。

「昨日、昴の塔で俺がもらってきたやつ……じゃねぇか」

「ケッコーおいしかったヨ」

「そりゃ、よかったね。俺がもらったンだけど、俺には一口も入らなかった」

 俺は大きくため息をついて、ベッドから完全に立ち上がった。肌着にしている黒いタンクトップから覗く腕には、ところどころ戦闘訓練でついた傷跡がある。


「暇なら本でも読んでればいいだろ」


 いつも食べられないような高級菓子を、楽しみにしていなかったと言えば嘘になる――リウイは本を掴んで投げつけてきた。飛んできた本をキャッチして本棚にしまう。


「ボク、読めないし、ボクが読めるような本、ここにないカラ! 」


 心底悔しそうなその顔を見て、スカイはしまった、と思った。ここ数年いろいろあって、スカイとリウイと行動を共にしているが、未だ彼女について知らないことが多い。

 読めない本を眺めながら、一人での外出を禁止されている少女が、どんな気持ちで俺の目覚めを待っただろうか。


「……買いに行こうか。お前にちょうどいい本を」


 クッションに顔をうずめたリウイの、獣耳がぴんと立った。俺は自分の外出着――魔術師としての正装であるローブを羽織る。一緒につけた銀製のブレスレットは、身分を示すものだった。


「……絵がおおいヤツ」


「それから、お菓子も買うか」


「クッキー! 決まリ!」


 リウイはぴょんとソファから立ち上がった。そのまま外に飛び出そうとする彼女を捕まえて頭に帽子をかぶせマントを着せる。獣人は、この世界で絶滅した。リウイの見た目は他人からすると異形そのものだ。

 俺もローブを目深に被って、町の中心部に向かうことにした。


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