31

 走るように飛ぶように、リウイはライラの家を飛び出した。村長のアンダンが、スカイを消してしまう前にスカイを助けなければいけない。

 ぎゅっと帽子を深くかぶる。これで獣人の耳は他の人から見えないはずだ。


「ネェ! スカイを……魔術師を知らナイ?」


 通りかかった村人に声をかける。よそものに慣れていない村人は走り去り、ドアを固く閉ざして開けようとはしなかったが、リウイの必死な形相を見て、世話焼きなおばさんが足を止めてくれた。

 目線を合わせてかがみ、頭を撫でられたときにリウイは咄嗟に身を竦めた。帽子が取れてしまうことももちろん、昔の――まだ、スカイに引き取られる前の、村人たちの大きな拳を思い出してしまったのだ。

 怯えに似たリウイの瞳の色を察したのか、おばさんは「ごめんねぇ」と手を引っ込めた。


「お嬢ちゃん、お兄さんと村長の家にいるんじゃなかったのかい? お兄さんは見てないねぇ…そうだねぇ、もう暗くなるし、お嬢ちゃんもお兄ちゃんが居ないと不安だよねぇ」


 おばさんはそれを「兄が帰らず途方に暮れる妹」だと解釈したのか、大丈夫だよとほほ笑んだ。


「大丈夫、村長の家で待ってたら帰ってくるよ、バグを探してくれてるのかもねえ」


「……ウン……アリガト」


 悪意のない彼女の励ましに、リウイは激昂することも声を荒らげることもできなかった。ただ聞き分けのいい子にふるまって、彼女に礼を言う。そのいじらしくも見える姿に、彼女の情が動いたのだろう。


「よかったら、村の男に声をかけて探させようかい?みんな本当は気のいい人たちなんだよ、ちょーっと人見知りなだけで」


「イヤ、大丈夫!!」


 今、村の男たちに見つかるのは致命的だ、とリウイには思えた。アンダンの息がどこまでかかっているかわからないからだ。

 彼女の誘いを固辞して背を向けて駆け出すころには、もう心は決まっていた。


(ボクが一人で……森に入ってアンダンを止めてヤル!!)


 村を駆け抜けて、森へ走るよそもののリウイを見咎めるものはいなかった。

 リウイは頭に残っているライラの家で見た地図と、村へ来た道を思い出して大体のあたりをつける。茂みに潜り込んで、精霊に呼び掛けた。


「ね、ボクのトモダチ……聞こえル?? 」


 リウイの求めに応じて、手のひらほどのサイズの精霊たちが集まってきた。彼ら――彼女らかも知れないが――は、今にも泣きだしそうなリウイの声を慰めるように、その小さな手のひらで頬を愛撫した。


『ナカナイデ』


『テンシサマミツカッタ??』


 精霊たちの問いにリウイは首を振る。


「見つからないヨ……ドコカに、捕まってルんだって。……ネェ、ウイルナサマの森、って知ってル? 」


 リウイの声に森の精霊たちが反応する。渦を巻くように、光が一転を指し示す。それが一筋の道筋になって、リウイに森の場所を教えてくれていた。


『カワイソウナボクラノトモダチ』


『カラダニシバラレタトモダチ』


『コッチコッチ』


 精霊たちが指さす方向へ、リウイは走るように飛ぶように駆け出した。いつか自分がスカイに助けられたように、今度は自分がスカイを救うために。

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