21

 アンダンの家の奥「客間」で、リウイはスカイに言われた通り、おとなしく惰眠を貪っていた。元よりあまり趣味はなく、スカイに連れられてあちこちバグ退治の任務をこなしているリウイにとって、思い切り眠れる時間は貴重でもあった。


 年齢は10歳かそこらに見える。だが、精霊の力を宿した体は、歳の通りには老いなかった。本当は18歳を超えているが、言っても誰も信じないだろう。


 外ではずっとかぶっておくように。とスカイに言い含められたキャスケットもソファの上に放り出している。

 そのふわふわした獣の耳をひくひくさせて、リウイはあたりの様子をうかがった。


「スカイ遅いなぁ、なんかあったカナ?」


 ベッドからするりと抜け出した、褐色ではないが健康的な色をしたすらりとした手足。ホットパンツにタンクトップといった軽装すぎる装いだ。

 旅装の中から、ベルトで太股に装着する方式のダガーを取り出した。抜いてみて、血の曇りがないことを確認してから、ベルトを使って左の股に装着する。


 ベルトはもう一つある。今度は腰に巻く。これは筒状のものを装着する留め具がついている。筒が利き手の右側に来るようにし、果たして鞄の中からその筒状のものをとりだしてまずは中身を確認する。


「15本あれば十分かな?」


 最後に取り出したのはショートボウだった。ベッドの上に無造作において、革製のグローブをつける。リウイは、徒手空拳でも戦える。だけれど、全体のバランス上そうなった。他にも、スカイが登録している正式な従者が2人いる。一人が(かなり特殊な)魔術師で、もう一人は元傭兵の剣士だった。


「魔術師二人に、剣士が一人、もう一人近接戦闘ができるやつがほしい。アーチャーだと近寄られたときに身動きがとれない」


 そういってリウイに近接戦闘を押し付けたスカイ自身は、一通りの戦闘訓練を受けてはいるのだ。ただ、前線で戦いたくないという理由で前に出ないだけで、本当はそこらの剣士よりよほど剣が立つ。前線担当と言われているリウイより、よっぽど強いはずなのだ。


 けれど、リウイには獣人だけの特性がある。精霊の羽根のおかげで空が飛べる。通常は魔術を使わない限り、前後左右の動きしかありえない人間同士の戦闘で、空を飛べるのは大きな強みだ。

 スカイが狩るべき対象のバグだって、空を飛べるかもしれない。他人と違うというのは、スカイのそばにおいては強み以外のなんでもなかった。


「ねぇ!」


 リウイは、おそらく無人のアンダンの家の中で声を上げた。部屋の隅で空気が渦巻く。冬場は火が入れられているのであろう、暖炉の近くだった。暖炉のそばだから、きっと火の精霊がいるだろうとあたりをつけたのだ。


「スカイ、どこにいるか知ってル?」


 リウイは、獣人族の特徴を持って産まれていたが、両親は獣人ではない。ただの人間だ。だけれど、その両親のはるか昔に、獣人の先祖がいたようで、先祖返りの結果獣人の特徴を持って生まれてきた。

 滅びかけている精霊の力を結晶させて、たまたま先祖帰りで産まれた獣人の特徴をもつ子供に精霊を宿らせたのが、リウイだ。


『アラ、君精霊ダッタノ』


「まぁ似たようなもんだヨ。スカイ知らない?」


 赤い衣を纏って、リウイにしか見えない精霊はくすくすと笑う。人間の手のひらほどもない半透明の体から、火の粉をまき散らせながら、火の精霊は、窓の近くへ向かった。それに続くリウイは、精霊に倉庫を指さされた。


『アレ、見エル?』


 どう見てもただの倉庫だった。がらくたの詰まっていそうなぼろ小屋だった。今にも倒壊してしまいそうにすら見えた。


「あそこにスカイが居ルノ?」


 思わず窓を開けると窓の向こうから、今度は蝶々の羽根をもった薄緑色の精霊が近寄ってきた。これは風の精霊だ。


『アナタ、天使サマニ使役サレテルノネ?』


 風の精霊はきっぱりと、スカイを天使だと言い切った。

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