14
村に足を踏み入れると、武器――農具や斧――を手に手に、屈強な男たちが現れた。魔術の式を空間に投影する姿が見当たらないので、魔術師はいないとあたりをつける。
「ライラ!」
男たちの後ろから、老婆が声をあげた。スカイの担いだ少女が身じろぎをする。
「ライラ?この子ノ名前?」
聞き返したリウイの姿を見て、男たちが後ずさった。
この村の人間は、獣人を見たことがないらしい。
「……バグに襲われているところを助けて、連れてきたんだが、この子はこの村の娘で合っているか? 」
「そうだが、お前は誰だ?バグはどうした?」
俺は、ブレスレットを見せた。この国に住むものなら、誰もが知っている王宮魔術師の証。茨をかたどったブレスレットにはⅩⅢのナンバーが入っていた。
「王宮の使徒……使徒長様?」
「番号入りだ、使徒長様だ」
王宮魔術師の中でも、色付き――特殊部隊を使徒と呼ぶ。その使徒を束ねるものが使徒長と呼ばれていて、俺の部隊は一人しかいない。俺が使徒長。嘘ではない。ウイルナ信仰者の村でもそれが通じるとしって俺は胸をなでおろした。
「俺の名前はスカイ・ウィリアムという。十三番使徒長だ。森の中で少女がバグに襲われていたので保護して連れてきた。」
ブレスレットを仕舞い、肩に担いだライラを近くの男に渡した。男は、ライラの息を確認してから聞き返す。ライラを心配するその眼付は、狂信者のそれとは違ってみえた。といっても、違う神を信じているだけで、その信仰が狂っているとは言い難い。
「おれは王都のことはよく知らないけどよ」
スカイをにらむ村の男の眼は不信感で満ち溢れている。
「使徒は十二番隊までしかないってのは知ってるぜ。田舎者だけどよ」
男の言葉に村人たちがどよめく。たしかに一般的に公開されているバグ狩りの部隊は一二番隊までしか公開されていない。俺は単独行動だからだ。
「俺は特殊部隊だ。といっても、俺しかいないが今は任務を受けるため王都に向かっている最中だ。なんなら召集された令状を見せてもかまわないが」
スカイが、ごく自然な仕草でローブの中に手を入れるのを、村の……長なのだろう、恰幅のいい男が止めた。
「いい。ライラが無事ならそれで十分だ。疑って申し訳ない。そうだろう?皆」
男の制止に応じて俺は令状を出すのをやめた。つまり公式には知りたくないということらしい。特殊部隊の使徒長になってから、このやりとりは慣れてしまった。
一般の市民には、使徒は12番隊までしか知らされていない。市民からしたら、13番なんてものを騙る人間は本物か、使徒をカタる本物のバカのどちらかで、どちらであっても深入りしないに越したことはないのだろう。
「……あなたが村長か?」
俺の問いに恰幅の良い男は頷いた。白髪が混じった髪の毛を丁寧に後ろになでつけている。今でこそ太って年もとっているが、昔はそこそこのいい男だったのであろう。村人からも信頼されている様子の彼は、自信たっぷりに頷いた。
「いかにも。この村は名前すらない小さな村だ。町の人間はウイルナビレッジと呼んでるらしい。買い出しの時にしか交流はないがな」
「女神(ウイルナ)を信仰する村…か」
「いかにも。信じる神は自由だろう?わしはアンダンという。……もう遅い。一晩くらいなら、わしの家に泊まっていってくれ」
アンダンと名乗った50歳くらいの村長は、ほんとうはもう出て行ってほしそうだった。
「もともとリートルードに行く予定だったんだ。長居はしないさ」
俺たち異邦者が長居するつもりがないと知って、村人たちは心底ほっとしたようだった。仕事を思い出したように、男たちは野良仕事に戻っていったし、女たちはライラを抱えて、村の教会に入るところだった。おそらく簡単な医療施設があるのだろう。
自然と人払いができたので、俺がつぶやく。
「村長さん」
アンダンは答えない。
「俺の任務は主に単独でのバグ退治なんだが…このあたり、いやにバグの数が多くないか?」
問いかけても何も答えはなかった。
絶対に聞こえるように、耳元まで声を届かせる魔術を行使したにもかかわらず、なにも答えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます