悪いヒトの村

悪いヒトの村

「スカイ、あっちだっテ! 」


 気絶した少女を抱きかかえたまま、スカイとリウイは森の奥に進む。目をこらしてよく地面を見ると足元にかすかに人が通った後が見られた。薪や森の木の実を集めるときに村の者が利用するのだろう。

 それでも正確に足取りをたどることは不可能で、少し進んでは道をたがえ、リウイが精霊に引っ張られたりつねられたりしていた。


『キヲツケテネ』


 木の精霊がリウイの頭を撫でながら囁いた。


「ソレってどういうコト?」


 気まぐれな精霊たちが、問いかけにちゃんとした言葉で答えてくれることは稀だ。木を見上げたリウイの耳を、風の精霊が引っ張っていく。


『ワルイヒトノ村、アブナイヨ』


「悪いヒト?」


「悪い人?」


 不穏な言葉を聞きとがめてスカイの表情が曇る。当の風の精霊はもう飛び去ってしまった後なので、質問も叶わない。リウイは先ほどの精霊の言葉を反芻する。


「ええト、悪いヒトの村、ダッテ」


「こいつが悪人だってことか?」


 スカイは抱きかかえた少女に目線をやる。黒い髪、健康的な肌色。アトランティアによく居るような、朴訥とした平凡な少女に見える。問いかけられても、当然リウイにはわからないので、肩をすくめるしかない。


「ソレはわかんナイ」


「……まぁ、それはそうか……」


 スカイには精霊の声が聞こえない。肝心の情報も、伝聞形式ではイマイチ伝わらなかった。ただそのことでリウイを責めても仕方ないということはわかっているので、スカイも声を荒げることはしなかった。


「……こいつの村は、王都とは信じる神が違うようだ」


 少女の手の甲には、入れ墨が入っていた。それは、アトランティアの国教である全能神アトラではなく、女神ウイルナを奉る信徒の入れ墨だった。


「カミ?」


「そう、神様。俺たちがいる国が信じる神様はアトラっつー全知全能の神ひとり、ってことになってる」


 リウイは首を傾げた。今まで神様のことなど、考えたこともないというような口ぶりだった。ラピスラズリ・インのジッドが食事の前に祈る存在、そんな認識だった。


「神様はヒトリだけナノ?」


「全知全能だからな、他の神様がいる必要ないだろ」


 スカイは肩をすくめる。


「スカイは神サマを信じてないノ? 」


「魔術師は不信仰な奴が多いからな。イマイチ実感がない。……で、こいつが住んでいるのは、昔から地方に根付いていた、ウイルナっていう女神を信仰する主義の村」


 「どう違うノ? 」


 スカイはしばし考え込んだ。神学者ではないので、神の違いや信仰、民俗の違いをうまく説明するのは難しい。知識がないものには特にだ。


「国教のアトラを信じてる者は、この世界で今起こってる全ては神が采配した結果できている完璧な状態で、これから先もアトラがいる限り完璧な世界が続く。と信じている」


「ジッドが祈ってるのもアトラだよネ」


「そうだな」


 ラピスラズリ・インで食事をする際、店主のジッドはよく神に祈っていた。それは今日もおいしいご飯を授けてくださってありがとうございますという旨の、まあこのアトランティアではよくある部類の祈りだった。


「この子……ウイルナを信仰している者は、未来を信じてもっと良い世界に向かって努力すれば、ウイルナが自分たちを見守ってくれると信じている」


「ダカラ、それってどう違うノ? 」


 教科書通りの答えを返したが、そもそも神の概念が希薄なリウイには伝わらなかったようだ。スカイはもう一度考え込んで、ため息とともに吐き出した。


「……信じる神様が違うってこった」


「ソーなんだ」


 結局はそれで良かったらしい。リウイは前に向き直り、また道を探索し始める。それをスカイは片手で制した。


「とりあえずは、見つけた」


 日が陰り、森が夕やみに包まれる前に――遠く村のかがり火が見えて、スカイはほっと胸をなでおろした。


(……ま、問題はここからかもしれないけどな)


 村の入り口には、屈強な男が仁王立ちでこちらをにらんでいた。



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