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 村長を名乗るだけあって、俺とリウイが招かれたアンダンの家は、村の中ではとりわけ豪華なものだった。俺たちに与えられた部屋は、屋敷の一番奥にあった。外に出るためにはアンダンの部屋の前を通らなければいけない作りで、アンダンはご丁寧に部屋のドアを開け放して仕事をしているようだった。


「なにぶん小さな村で、他の者の家には客間というものがないのでね。外から来た客人には、うちに泊まってもらうことになっている。それでは、ごゆっくり。なにかあったら呼んでくれ」


 そういったアンダンは、やはりドアを閉めずに自室に戻っていった。

 どうやらこの部屋から出すつもりはないらしい。


「ベッドふかふかできもちーネ!」


 マットレスがよく干された、太陽のにおいのするダブルベッドにダイブしながら、リウイが声を上げる。

 その反対側に腰掛け、鉄格子のついた窓を見上げながら俺は憎々しげに悪態をつくしかなかった。

これじゃあ、座敷牢じゃねぇか、と。


 バグに襲われていたライラ。あれがバグじゃなくて、たとえば盗賊に襲われていたのであれば、俺は助けた後知らないふりをできたのだ。

 俺は使徒である。バグ発生の対応、原因究明が仕事だ。仕事上、バグの発生を確認したらその原因を究明し、解決しなければいけないのだ。

 部屋から出られなければ村人と接触もできないし、肝心のバグに遭遇したライラに話を聞くこともできない。手がかりがまるでない。

 手がかりがないと「自然発生でした」と片付けることもできないのだ。


「ナンデ?明日になったラ、リートルードに行くダケでしょ? 」


 リウイが首をかしげるが、俺は片手を振って否定した。


「バグが出たからな。原因を究明して取り除く義務が俺にはあるんだよ」


 実際、俺があの少女――ライラを救出できたのは奇跡に近いことだった。バグの存在を関知することができるスカイのような希有な能力者が居て、偶然近くにいたから助けることができたのだ。


 バグは、空間がひずんで現れる。俺はその歪みに敏感だった。


 行使する魔術も、空間を歪めて重力を中和したり、真空状態にして刃物のように使うことが多い。

 魔術師にはそれぞれ、得意な魔術があるのだという。俺にとっては空間がそれで、それ故に空間の歪みに敏感で、だからこそバグの出現を察知できるのだろう……というのが魔術師長の見解だった。


「乗り合い馬車のルートには、バグがでなかった。だけどその周りは空間の歪み……バグが出そうな雰囲気がプンプンしてた。この森だけだ。おかしいと思わないか、リウイ」


 リウイはぬくぬくと布団にもぐりながら「そんなコトもあるんじゃナイ」と言った。腹が立つ。彼女の中では現在、優先度が高いのは布団で惰眠をむさぼることらしい。「たまたま、バグがデル場所とか、地形トカ、なんかそーゆーノ」


「たまたま、か…今までそんな場所はなかったな。ここだけたまたま、そうだっていうのか」


「ココの村の奴らが、バグ生み出して世界壊そうとしてたりシテ。だとしたら、この村消しちゃったら、にんむたっせーだヨ。スカイの任務はバグ退治でショ」


 リウイは眠りに落ちようとしている。その猫っけをくしゃくしゃにするのは最近の俺の日課だ。


「バグを生み出す、か」


そして、ふと笑う。


「そんなことを人為的にできたら、世界はすぐ破滅だな」


 実際、世界の破滅はどこまで来ているのだろうか。

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