バグとよばれるもの。


 きりきりきり…


 バグが、歓喜――のように聞こえる――声を上げながら少女にむかって鎌を振り上げるのを、少女は呆然と見上げていた。

 すべてがスローモーションに見えて、ああ、これが走馬灯か…なんてことを思っていたその時に。


 

 大木の向こうのバグが、今度はビィビィと小さく鳴いた。少女を囲むバグの何体かがもろもろと、水に入れた泥人形のように崩壊していく。


 きりきり…きりきり…


 他のバグたちが、少女に背を向けて攻撃者の方に向き直り、次々と飛び掛かり鎌を振り下ろした。けれどその鎌は、もう一度振り上げられることはなかった。

 キラキラと光る指先から生まれた魔術文字たちが、その鎌に巻き付いて崩壊させてしまったからだ。


「砕けろ!」


 凛とした声が響いた。少女の近くにいたバグの足がくだけて倒れる。すぐさま駆け寄ったスカイは少女を庇うように背にして、もう一度魔術の文字を輝かせバグを消失させた。

 ここまでスカイが魔術を使い続けていることには理由があった。

 バグたちに物理的な攻撃は効果がない。腕を吹き飛ばしても、もう一度生えてくる。

 バグという歪み自体が、知覚できないくらいに小さくなるまで、彼らは彼らであり続ける。だから魔術で出来るだけ粉々に砕いてしまうのが、対バグ訓練を受けた魔術師の定石だった。


 スカイの指先で描かれる魔術文字が崩壊の魔術文字を描く。その文字に触れた物質を崩壊させてしまう魔術だ。次々と描かれる魔術文字は輪になり、それぞれに飛び交い、刃となってバグの無機質な体をそいでいく。


「あれは…天使さま…?」


 そこで少女はやっと、自分を助けているそれが人の姿をしていることを知った。

 スカイが少女に一瞥を落とす、その瞳はこの世界から失われた空の色だった。


「焼け落ちろ!」


 まとめて描いた魔術文字を使い切り、スカイは声を使った魔術で炎を生み出し、バグ一体を焼き落とそうとした、その時。


 ドガッ!


 バグが、バグをかばって蹴り飛ばした。


 蹴り飛ばされたバグは空中で体勢を変えて、その鎌をしならせてスカイに襲い掛かる。


 きりきりィ!


「スカイ、何やってンの!」


 その、バグの鎌を受け止めたのは、すんでのところで飛び出したリウイのダガーだった。


「スカイ!カラダがなまってンじゃナイ??」


「……そーかも、な」


 ため息をつきながらスカイはあたりを見回す。攻撃を食らい、もう崩壊に向かっているバグが5体。まだ動いているバグが3体。

 バグの数は多いが、カマキリ型のものは比較的単純な動きが多い。一体であれば、魔術師のバグ退治入門編と揶揄されるほどの強さだ。


「破裂しろ!」


 魔術をもって生み出された大きな光球がバグの真ん中に炸裂する。まともに食らった残り3体も活動を停止した。


「モウ、バグはイナイよ、大丈夫?」


 怯え切った表情の少女が、胸の前に手を組み、祈りの姿になる。荒い息を整えながら、細い声で切れ切れに呟いた。


「祈りに…答えて、ウイルナ様が…天使様を呼んでくださった…?」


「……俺は天使種族じゃない。君は…」


 少女はスカイの正体を、その口からきくことは叶わなかった。なぜなら少女の視界は、安堵のために真っ白になっていたからだ。


「ありゃ」


 気絶した少女を抱きとめたリウイが、困った顔でスカイを見上げたが、スカイは肩を竦めるだけだった。

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