積み荷とともに運ばれる人々。
薄かった太陽の光が、もうその主張を強めてきている。とはいっても太陽は雲の向こうで、その姿を見せることはなかった。この世界には、青空はない。
空はいつも灰色で、どんよりと曇っている。
顔を洗い、衣服を整え、念のため王宮魔術師の証にもなり、任務として動くときには着用義務もある王宮支給のローブを羽織る。
俺は王宮魔術師の中でも特殊な任務――ぶっちゃけバグ退治――を請け負うために作られた遊撃部隊「使徒」である。
使徒の人間は、自分がバグを処理する能力があるということを、ローブの色で示さねばならない。バグが出たときに、市民が頼れるように。
そして俺は、白銀の使徒。……つまり、罰ゲームのような目立つ真っ白いローブを身にまとわなくてはならないのだ。
「しっかし、あいかわらず目立つローブだね」
朝一番、ジッドのご挨拶。
「……苦情は任命した人に言ってくれ」
もう聞き慣れすぎた軽口を軽く受け流して、俺とリウイは朝食のための食卓に着いた。食べ慣れた簡素な朝飯を食べ終われば、出発だ。
俺は何年も使っている旅行用の革袋を背負った。
―――――――――――――――――――――
昴の周りに広がっている町は、単純に、昴の街とよばれている。定住した者もそれに不満はないらしい。
全体的に、安全な町だった。めったに暴力沙汰は起きない。魔術師が怖いからだ。因縁をつけた相手が魔術師だと無事では済まない。その代わり見習いの魔術師が時々魔術を失敗し爆発沙汰を起こす。その上役が補修するのでたいしたことではない。
荷物をまとめた俺とリウイは、ジッドのくれたメモをもとに所定の場所に向かい、商人御用達の乗合馬車に乗った。
白いローブの王宮魔術師スタイルの俺はもちろん嫌に目立つし、リウイの猫耳はさらに目立つので、頭には帽子をかぶせ、簡単なショルダーマントを羽織らせている。
武装もさせているし、これなら町の人に奇異な目でみられることもないだろう。
「ネー、ボクらはなんでコッチに座るのー!? 」
乗合馬車の屋根付きの荷台で、リウイは帽子を引っ張りながら言った。
商人たちは前の、椅子付きの座席に座っている。
よくラピスラズリ・インに出入りしている、主に野菜を運んでいる男―ギース―がガハハと笑った。
「移動できるのは、商人か頼まれものの荷物だけだからなぁ!商人じゃないお前さんらは、俺がジッドに頼まれた荷物ってこった! 」
「エー!」
抗議の声をあげながらリウイが荷台に寝転がる。昴からリートルードに運ばれる荷物はそう多くなく、荷台は大人二人が寝ころべるスペースが十分にあった。通常の乗合馬車で詰め込まれるよりはるかに好待遇だろう。
「あまりはしゃぐな。普通の馬車に乗るよりずいぶん楽だぞ、これでも」
「そうそう、それに王宮魔術師様が乗ってくれるんだったら、俺たち商人も安心だしな! ジッドもうまいこと考えたもんだ」
「なんだかナー」
「まぁ、窓を開けりゃあ外も見られるんだ。リートルードまで2日とかからない。快適な馬車の旅を楽しんでくれ」
リウイが締め切られた荷台の窓を開ける。昴の町を抜けて、草原が広がっていた。ぐっと体を乗り出して、リウイが外を見ると、草原のそこここにリウイだけ見える精霊たちが遊んでいたようだ。
俺にも、リウイの体を通してうっすらとその気配を感じることができる。
『トモダチ』
『ボクラノトモダチ、売ラレテイクノ?』
半透明の羽をはためかせ、精霊たちがリウイのもとに集う気配がする。獣人は彼らにとってトモダチで、彼らが物質的な肉体を持ちたいときは、獣人たちの体を借りたという。その代わり獣人たちは精霊の神秘的な力を借りる。と本には書いてあった。
「…売られるわけじゃないヨ。王都に行くンだ」
『キヲツケテネ』
風の精霊があいさつ代わりに強い風を吹かした。
「う、わっと!」
びゅんという風と共にリウイの帽子が脱げて飛んでいきそうになる。すんでのところで捕まえて、しっかりとポケットにしまった。
獣人の耳が外にむき出しになると、風の音がよく聞こえる。それに乗って精霊たちのささやく声も。
「突然すごい風だなァ! ここいらは時々吹くんだ、帽子を飛ばされないよう気をつけな、って」
ギースが振り返り、リウイの姿をみとめて、そうか、と呟いた。
「お嬢ちゃん、例の獣人か。じゃああんたはあの有名な……いや、生身で見るのは初めてだったから少々面喰っちまっただけだ。すまんね、嫌な思いをさせたか」
ギースは手をひらひらと振って、前に向き直る。
リウイ自身に自覚があるかはわからないが、普通の人間は獣人を見慣れていない。良くて罵倒され、排斥され……悪くて見世物小屋で売られるだろう。
今回は昴の街に出入りする……リウイのことを知っている商人だから良かった。
「お嬢ちゃん、旅をするならご主人様から離れないほうが良い。普通の人間は、アンタを見て叫ぶか罵るか、何するかわからないからね」
「……ウン」
ギースの優しさを感じられる言葉に、リウイはぎゅっと俺のローブを握って俯いた。
「……なんにせよ、普通の馬車じゃなくて助かったってことか」
「アンタ、顔に似合わず楽天家だね。ま、この草原の先、森を抜けたらリートルードだよ」
ギースがまたガハハと笑う。
馬車は草原を進む。遠くには森林が広がり、その先に、この国を二つに分けているといっても過言ではない…ラキェスト山脈がそびえている。
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