あけぼのやうやうしろくなりゆきて

 リウイが先刻急いで渡してきた手紙。それは王都の伝令からの指令だった。王宮魔術師としての正式な任務に拒否権はない。

 ジッドも、食器を片しついでに興味ありげにこちらを見やる。


「ああ、それはワシも気になってたんだ。伝令係、ワシに預けておけというのにすぐに渡せとかいうもんだから。とりあえず茶を出して待たせておいたんだが、リウイちゃんに渡したらすぐに帰っちまった」


「ああ、それでリウイが持ってきたのか。営業妨害してすまなかったな」


 伝令係が持ってきた手紙は、封すらされていなかった。誰が読んでも特に構わない――というか、意味がわからない内容なのだ。

 俺は手紙をちらりと見て、内容を把握する。いや、把握するまでもない。その手紙に書いてあるのは、ほとんど一言だけだった。


「王宮魔術師 スカイ・ウィリアム・ムスペルヘイム 直ちに王都に帰還し、勅命を賜り給え。王宮魔術師長ガルム・ルーラ」


「それダケ?」


 つまらなそうなリウイだが、俺に言われても困る。


「それだけ」


「ホント?」


「嘘ついたってしかたないだろ。好きなだけ読めよ。あぶり出しだと思うんだったら炙ってみろ。ほんとにそれだけだから」


 疑われても、それ以上ないのだから仕方ない。俺は手紙をひらひらと振った。


「あぶり出しねぇ、ありゃレモン汁でやるんだったか。炙ってみるかい、リウイちゃん」


「やらナイ!ボク先に寝てル!」


 リウイは興味をなくして立ち上がった。大きく欠伸をしながら、部屋に入っていく。おやおや。と呟くジッドは俺よりリウイの保護者じみている。その背中を見送ってから、ジッドが俺にそっと尋ねた。


「機密事項ってやつかね? 」


 年の功なのか、相変わらず勘が良い。隠すようなことでもないから、俺は素直に頷いた。


「ああ。紙に書ける内容じゃないから、直接聞きに来いってこったろう。ガル……魔術師長も手が込んでるのか暇なのか。明日、王都に向けて出発するから、弁当も頼んでいいか?」


 俺も夕食を食べ終えて立ち上がり、とってある部屋に向かう。食器を片付けながらジッドは言った。


「しばらく会えなそうだから、腕によりをかけておくよ」


「あんたのカンは当たるから怖いんだよ」


 俺のため息は、ラピスラズリ・インの厨房の皿を洗う音に紛れて消えた。

 今回の任務はやっぱり長い旅になるかもしれない。いつもは「フーリヤの街周辺にバグが発生疑惑、調査に向かえ」とかいう、わかりやすい指令なのだ。


「……ま、考えても仕方ねぇ。ガルムに直接聞くか」


 そして俺は、明日からの旅の準備をすべく、昴の街に繰り出すのだった。


――――――――――――――――――


 翌朝。

 薄いカーテンから漏れる光を感じて、俺は目を覚ました。気候は温暖で、今は薄いタンクトップにパンツ姿でも寒くはない。本来山中にすむ獣人であるリウイはさらに寒さに強いようで、同じようにタンクトップにホットパンツ姿でベッドの上に丸くなっている。


 リウイの背にあるはずの妖精の羽は、今は見えない。その背中が規則的に上下していて、時折猫のような耳としっぽがぴくぴくと動く。

 リウイは、純粋な獣人族ではない。人間の村である日突然獣人の姿に生まれた先祖帰りだ。


「……起きろ、リウイ」


 声をかけるとリウイの耳が動き、瞼が開いて細い光彩の瞳がのぞく。


「……おはヨ」


 リウイは大きく伸びをした。

 俺は、シャツを片手につかんで部屋を出た。顔を洗いに水場へ行くと、ちょうど朝飯の用意をしていたジッドとすれ違う。ジッドは朝の挨拶とともに、俺に紙を差し出した。


「ウィリアムさん、王都に行くんだろう?急ぎなら山越え、迂回するならふもと、どっちにせよリートルードの町まで行かにゃならん。1時間後に一番早い乗り合い馬車が出るぞ」


 手渡されたのは乗合馬車の時刻表と場所を記したメモだった。

 その馬車は普通の旅人用の乗合馬車と違い、商売人同士のコミュニティでのみ使用されるものだった。安全のために金品などを運ぶため停まる場所は秘匿されている。

 山を越えるにしても迂回するにしても、要所となるリートルードの町まで行く一般の馬車は人気で、だいたいの旅人はジャガイモみたいに荷台に押し込まれる。

 安心で快適な旅を約束された商人用コミュニティ馬車はまさに渡りに船といったところだ。


「情報量は宿泊料に乗せとくよ」


「ちゃっかりしてんな」


「リウイちゃんにとっても、そのほうがいいだろう。……俺にもあれくらいの子供がいるはずだった。年頃の女の子が、奇異な目で見られるのは……なんだかな」


「……ありがとよ」


 ジッドが頭をかくときは、照れている時だ。それでも、リウイを一人の女性として配慮してくれたことは、素直に有難い。


「あとウィリアムさんも、羽根がないこと以外はおとぎ話の天使様みたいな見た目なんだから、気を付けたほうがいい。ま。あんたはさらわれて売られるほど弱くないだろうけどな」


 唐突に、自分も除けアウトロー側の人間であることに気づいた俺は、嘆息するしかなかった。

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