第2話 ネオ東京
国境の深い森を抜けると大宮駅であった。俺の頭の中が白くなった。信号所に電車が止まった。
「は?大宮駅?」
俺はとっさに声が漏れてしまった。だが、俺の知っている大宮駅ではない。田舎とかの山間部によくありがちな駅だ。しかし、看板にははっきりと「大宮」駅と書いてある。他にも駅の近くにはお弁当を売っている小さな売店がやっている。申し訳なさそうに「SOGO」と書いてある。
「グレッグさん、すみません、ここどこですか?」
「ネオ大宮駅だ。どうしたリュウセイ、覚えていないのか。」
かわいそうな子犬を見つめる目で、グレッグさんがこっちを見てくる。どうやらグレッグさんの中で、俺に記憶喪失属性が追加されたようだ。
「リュウセイくん、電車が来たよ。乗ろう。」
俺はアトナさんに手を引かれるままに、電車に飛び乗った。こういうところ勘違いしちゃうんだよなぁ、ほんと勘弁してよ、なんて非リアな考えが一瞬頭をよぎったが、そんな考えはすぐに吹っ飛んだ。これ、まじで電車じゃん。
「あの、アトナさん、これ、電車ですよね?」
「もしかして少しずつ思い出してきた?」
違う。俺が聞きたいのは、なんで魔法とか使えるこのファンタジー世界で電車なんていう超現代システムが稼働しているのかということだ。きっとアトナさんの中でも俺は記憶喪失キャラなんだろう。
「覚えてるのは名前だけか。しかしこうやってものに触れていくうちに少しずつ思い出していくかもしれないな・・・。」
グレッグさんが隣で要らぬ考察を始めた。もう面倒くさいから記憶喪失でいいや。
「なんか、思い出してきたかもしれません。電車です、電車ですよ、これ。あ、でも、魔法とかあるのになんで電車なんて通ってるんでしょうか。」
我ながら演技派俳優だ。
「それは、魔法を使えな、あ、いや、高齢者とか子供とかの社会的な立場の弱い人たちが、気軽に移動できるように開通したんだろうなぁ。」
俺が魔法を使えなくて悩んでいる設定だからか、すごく言葉を選んでいるように思える。この世界で魔法を使えないってそんなにやばいことなのだろうか。
「1番線、ドアが閉まります、ご注意ください。」
車内アナウンスは聞き慣れた声だ。すこしほっとする。どうやら電車が出発するようだ。
それから20分くらい経った頃だろうか。ネオ川口駅を過ぎた頃、ネオ東京駅が見えてきた。そこには空高くそびえ立つ城壁があたり一面まで連なっていた。まるで埼玉県から東京都への侵入を阻むかのようだ。一気に空気が重くなるのを感じた。
「あれが・・・ネオ東京・・・。」
自分が知っている東京ではないことに一抹の不安を覚えながら、俺は窓の外を眺めていた。
「お客様、住民票はお持ちでしょうか。」
急に声をかけられ俺はびくっとしたが、振り向くと後ろには黒服の屈強な男が3人程立っていた。俺に住民票の開示を求めているようだ。当然俺はそんなものを持っていないので、グレッグさんの方に目配せをした。頼むぜ、なんとかしてくれ。
「こいつはガーベッジだ。連れていけ。」
グレッグさんは俺に指を向け、冷淡な表情で黒服の男たちに告げた。さっきまでの笑みはまるで何もない。
「はっ、グレッグ中尉!」
黒服の男たちはグレッグさんに向かって敬礼すると、俺を拘束した。俺は訳がわからなかった。それにグレッグさん、中尉だったのか。
「なっ、グレッグさん、どういうことだ、これは。それに何だよ、ガーベッジって。」
俺は後ろ手に手錠をかけられながら、吠えるように尋ねた。グレッグさんは表情ひとつ変えず黙ったままだが、隣にいたアトナさんがクスクスと笑いながら、口を開いた。
「まだ、言ってなかったわね、リュウセイくん。ここはネオ東京。立ち入るには住民票が必要なの。あなたは不法侵入者だから捕まったのよ。」
なんだそれ。俺は怒りが込み上げてきた。だって住民票が必要だなんてこと聞いていない。ネオ東京に入れないんだったら何で俺を連れてきたんだ。俺が捕まるなんてこと、最初から分かっていたじゃないか。まさかアトナさんもグルなのか。そもそもわざと俺を捕まえるためにネオ東京に連れてきたのか。
「ふざけるな!なんで俺が捕まらなければならない!俺は気付いたらただこの世界にいただけなんだ!住民票なんて持っている訳ないだろ!だいたい何なんだ!2人とも俺をはめたのか。俺を捕まえるためにわざとやったのか!何のために!こんなことして許されるわけ・・・。」
俺は最高の剣幕で捲くし立てた。だが、グレッグは冷静だ。
「黙れ、ガーベッジ。お前が魔法を使えればまだ労働者としての使い道くらいはあったろう。だが、お前は魔法を使えない。労働にも使えない。つまりゴミだ。ゴミはゴミ収集所へ行かなければならない。ただそれだけのことだ。」
グレッグの言葉に俺は唖然としていた。さっきまで優しかったグレッグさんが、今は俺のことをゴミだと言ってくる。ネオ東京は本当に怖いところだ。誰も信じられない。
「くそっ、くそっ・・・。」
俺は悔しさから涙を滲ませた。だが、そんなこともお構いなしに、黒服の男たちは俺を車内から引きずり降ろそうとしてきた。このままではまずい。俺は必死で抵抗した。だが、男3人の力には到底勝てなかった。俺は両腕を抑えられながら、最後の力を振り絞って叫んだ。
「グレッグううう、アトナあああ、この裏切り者おおおおお!!!!」
俺の必死の叫びはただただ無機質な車内にこだますだけであった。
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