なろうゲート

中西渢汰

第1話 桐ケ谷 流星


  なろう系主人公になりたい


 高校を中退して今は引きこもりをしている俺は、ときどきそう思うことがある。今からじゃどう頑張ったって社会じゃやっていけないし、異世界に転生するしか道は残されていないんじゃないかと割と本気で思っている。といっても俺はテレビとかに出てくるような完全な引きこもりってわけでもないし、親もいつまでもそんな俺のことを許してくれる訳じゃないだろう。なんやかんやでフリーターでもしながら、なんやかんやで生きていくのかもしれない。まぁよくわからないし、とりあえず今から俺の好きななろう系小説でも買ってくるか。


 俺は重い足取りで家を出た。もう夜の9時だ。近くの本屋は10時で閉まってしまうから、はやく行かねーと。おっと、俺の名前を紹介してなかったな。俺の名前は桐ケ谷 流星。全体的なパラメータは低いが、名前だけはなろう系主人公に引けを取らないと思っている。名付けてくれた両親には感謝だ。マジサンキュー。ま、親孝行はできないと思うけどな。


 俺はそんなことを思いながら、歩き慣れた道をだらだらと歩いていた。道の端では、ひとりのいたいけな少年が不良共に絡まれている。無視、無視。君子危うきに近寄らず。気付かないそぶりをして、道の反対に目をやると、今度は一匹の捨て猫が俺の視界に入ってきた。じっとこっちを見つめてくる。なんだよ、猫、こっち見んな、ぶっとばすぞ。


 そうこうしているうちに俺は本屋に来た。ミスった、やってねぇ。休業日か。いや、閉店してるわ。1か月前に閉店してたわ。気付かない俺もどこまで社会と隔絶してるんだって話だけど、過疎化がやばいな。そろそろこの本屋も潰れるんじゃないかとは思っていたけど、本当に潰れるとは。しかし、これからどうするか。他に本屋なんて知らないぞ。


 俺はぼんやりと振り返ると、道の反対側にいかにも人が寄り付かなそうな古本屋を見つけた。こんなところに本屋なんてあったっけか。しかしこんな時代遅れなタイプの本屋がまだ潰れないでやっていけてるとは世の中わからないもんだな。ご近所付き合いとか、そんなこんなで続いているのか。なんか店の前におばあちゃん位の年齢のご老人もいるみたいだし、きっと常連さんってやつでなんとかなっているんだろう。


「あら、こんなところに来るなんて変わったお兄さんねぇ~。」


 ババアが話かけてくる。馴れ馴れしく話かけてくんなよ。そっとしておいてくれよ。だが、ババアは興味深々でこちらを見てくる。だからこそ敢えて言おう。俺はハーレムものは好きだが、ババアにまで興味持てるほどの猛者ではない。


「私も若い頃はね~。」


おいババア、若い頃の話はどうでもいい。それよりも足元を見ろ、段差があるぞ!危ない!


「ニーチェの思想とかにとても憧れててね~。」

「えっ、ニーチェ!?いや、それよりも、その、足・・・。」

「きゃ!!」

「うっ・・!」


 何の因果か分らんが、俺は足元の段差に躓いたババアに押し倒された。そこから先は覚えていない。たぶんラッキースケベではないだろう。


「起きて・・・、ねぇ、起きて・・・。こんなところで寝ていると危ないよ。」


 誰かが俺を呼ぶ声がしたので俺は目を覚ました。若い女の子だ。金髪で碧眼の女の子だ。可愛らしい瞳で俺のことを見つめている。おっぱいも大きい。


「やっと目を覚ました!」

「あ、ありがとうございます・・・。あの、ここは・・?」

「あはは!ここは・・って、何言ってるの!あなたが寝てたんじゃない!」

「えっ・・・。」

「ここはアドガルフの森だよ。凶暴なモンスターもたくさんいるこの地域で昼寝なんて!変わった人だな~って思ってたけど、やっぱり面白い!」


 そう言う彼女の笑顔はとても眩しかった。惚れてしまいそうだ。いや、多分もう惚れている。そして俺はもうひとつのことに気付いた。ここは日本じゃない。間違いなく異世界だ。俺はついに異世界に転生した!


「い、いやぁ、そうかなぁ、俺ただ寝てただけなんだけど。」


 なんとなく、なろう系っぽいセリフを吐いてみたが、これは少し違う気がする。やはりモンスターが現れねば。そして、そこで、「少し力を加えただけなんですけど。」的なセリフを吐いて、敵を一掃したい。そう思っていると、森の奥から狼の遠吠えのような声が聞こえてきた。


「今の声!!まずい、ラヴァ・ウルフに見つかった!」


 周りの森がざわめき始め、気付いたら俺たちは赤い溶岩のような毛に覆われた狼たちに囲まれていた。ああ、だからラヴァ・ウルフね。なるほど。


「囲まれた!」

「数が多いな、弱点はあるのか?」

「ラヴァ・ウルフの弱点は水属性の魔法よ。私は前の敵をやるから、あなたは後ろの敵を相手にして!」


 彼女はそう言うとすぐに、水属性の魔法を発動していた。つららのような塊がラヴァ・ウルフに突き刺さっている。痛そうだ。なんとなくだが、彼女は実はかなり強いのではなかろうか。俺は彼女の見よう見まねで魔法を発動してみた。きっとこんな感じだろう。疑問はなかった。俺が意識を集中させると、空には水色の大きな魔法陣が浮かび上がった。そして、俺はまるでその魔法の使い方を知っていたかのように無意識にラヴァ・ウルフの群れに手をかざしていた。そしてその瞬間、大量の氷の槍が魔法陣から解き放たれ、ラヴァ・ウルフの群れを一掃した。俺が後ろを振り返ると、彼女は驚いたような顔でこちらを見ていた。


「どうかしました?」

「君・・・・。」

「少し力を加えただけなんですけど。」

「魔法・・・使えないの?」

「それほどでも・・・、えっ!?」


俺は訳が分からなかった。魔法使えない?じゃあさっきの魔法陣は何だったんだ。だが、そんな疑問も一瞬で解決した。


「おーい、大丈夫かー!?」


野太い男の声が森の奥から聞こえてくる。


「グレッグ!」

「おう、アトナ、大丈夫だったか?」

「グレッグが助けてくれたからね!」

「間に合って良かった。ちなみにそこの彼は?」

「彼はたまたま森で出会ったの。魔法が使えないのに森の中で寝てたのよ。もしかして自殺志願者だったかしら・・・。」

「君、そんなに思い詰めていたのか。」

「あ、いや、そういう訳じゃないですけど・・・。」

「隠さなくてもいい。魔法を使えなくたって生きていく道はあるさ。俺の友人にも、魔法が使えなくて悩んでいたけど、それで一念発起してバーの経営を始めて、今じゃ大金持ちになった奴だっている。君も何か新しい才能を探すんだ。」

「え・・・、あ、はい・・・・。」

「うんうん、それでいい。今日はせっかくこうして出会えたんだし、今から街へ行って、俺の友人たちを紹介してあげよう。」

「あ、はい・・・、ありがとうございます・・・。

「そういや君の名前を聞いてなかったな。名前は?」

「流星です。」

「そうか、リュウセイ!今日は君の新しい人生の門出を祝って乾杯だ!」


俺はグレッグさんの勢いに流されるがまま、街へ向かうことになった。そして道中、グレッグさんとアトナさんが恋人関係にあることを知った。最強の力もハーレムも何もないまま、俺のなろう生活は始まったのだった。

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