万事解決! ウマシカ企画社 ~1件目・喫茶店を建て直せ!~

みすたぁ・ゆー

1件目・喫茶店を建て直せ!

 私――蝶野ちょうの猪梨いのりはこの春から大学生となることをきっかけに、バイトを始めた。


 勤務先は高校の最寄り駅の駅前にあるウマシカ企画社きかくしゃ。どういう会社かというと、簡単に言えば便利屋みたいなものだ。父親の知り合いがその会社の社長をしていて、コネで採用してもらった。


 ……社長と言っても、社員はほかに誰もいないんだけどね。


 仕事の内容は社長の補佐。主に電話番とか依頼された仕事のお手伝いをしている。やっぱりひとりだけで会社を回すのには限界があるもんね。それで人手を探していたところに私がバイト先を探しているという話が持ち上がって、お互いの利害が一致したというわけだ。



「いのりーん♪」


 事務室内に響き渡るテンション高めの甲高い声。しかもまるで地下アイドルに声援を送っているかのような口調。それを耳にした瞬間、私は背筋がゾクッとして全身に鳥肌が立った。


 パソコンで経費の打ち込み作業をしていた手は思わず止まり、ゆっくりと顔を上げる。


「いのりーん、仕事の調子はどぉーお?」


 安来節を踊りながら歩み寄ってきたのは、雇い主である馬坂うまさか鹿汚しかお社長だった。二十五歳で独身。見た目は地方のホストクラブでギリギリ末席にいられる程度のチョイイケメン。黙っていればそこそこ幸せで平凡な人生を送れそうな感じだけど、そうなっていない時点で色々とお察しだ。


「社長! キモイからその呼び方やめてくださいッ!」


「えぇー!? どうしてぇ? だってこの前、池袋の乙女ロードを歩いている時に友達からそう呼ばれてたよね。『いのりーん、BLカフェ行こうよー』ってさ」


「んぶっ!?」


 思いがけないセリフを聞き、私は口に含んでいたセンブリ茶を吹きかけた。ちょっとだけむせてしまう。もちろん、それはセンブリ茶の苦さによるものではない。


「な……な……なっ! なんでそのことを知ってるんですかっ!?」


「だって見てたもん。あの時、たまたま近くの食堂でネズミ駆除の仕事をしてたんだよね」


「…………」


 絶句してしまう私。思い返してみれば、確かにそんな仕事の依頼電話を受けたような気も……。


 まさかその現場が私の通い詰めている店の近くだったとはっ! 不覚っ! いのり、一生の不覚ぅっ! 場合によっては釘バットで社長の頭をかち割って、その時の記憶を消去しないと!


「ところでさ、BLって何? 美味しいの? ベーコンレタスバーガーのパン抜きのこと?」


「しゃーちょっ♪ そんなことより私に何かご用ですかぁ?」


 私は満面に笑みを浮かべ、それと同時に机の下に護身用に置いてある釘バットに手をかけながら社長に話しかけた。


 さすがに社長も私の態度の急変に戸惑っているのか、少し顔が引きつっている。


 でもそんなの気にしている場合じゃない。声の大きさと勢いでこの場を押し切ってしまうまでは一歩も退けない。


「えっと、BLって――」


「用があるから声をかけてきたんですよねっ? 早くしてくださいよぉ。淹れたばかりのセンブリ茶が冷めちゃう♪」


「びー――」


「何ですっ? 『びー』って? 合言葉ですか?」


「……ま、その話はもういいや。さっさと仕事の話をしたいし」


 意外にもあっさりと社長は話を切り替えてくれた。社長って興味のないことにはあまりこだわらないからね。こういうサバサバしたところは好感が持てる。


 とりあえず社長は頭がミンチにならずに済み、私は犯罪者にならずに済んだ。お互い最大のピンチを乗り越え、ウィンウィンの関係というやつだ。


「それで話の内容は何ですか?」


「実は商店街にある猫カフェ、店主がしばらく入院することになったらしくてね。その間の運営を頼まれたんだ。しかも潰れるかどうかの瀬戸際だから、ついでに経営も立て直してほしいって」


「図々しい店主さんですね」


「だからその店、いのりんにも手伝ってほしい」


「ひとりでやれるんじゃないですか? あの店、評判悪くてお客さん少ないって聞きますよ? 猫カフェっていっても実質は野良猫が勝手に出入りしているだけで、飲み物や食べ物も腐った生ゴミみたいな臭いがするらしいですし」


「腐った生ゴミって……少しはオブラートに包んだ言い方しようよ、いのりん……」


「忖度はしない主義なんです、私」


「実はボク、軽度ながら猫アレルギーなのよね。だから手伝ってほしいわけ」


「いや、ぶっちゃけ社長が猫アレルギーだろうが、社長が猫と触れ合った結果どうなろうが知ったこっちゃないんですけど」


 私は冷たく言い捨てた。ついつい本音が出てしまってちょっぴり後悔したような気もする。


 いやいや、さっきも言ったように私は忖度はしないからこれでいいのだ!


「やれやれ……。時給を倍にするからお願い」


「やります!」


 時給が倍になると聞いて、私は即答していた。


 やはり世の中、おカネだよね。私は実利で動く。それにおカネほど重いものはないって誰かが言っていたような気がするし。



 猫カフェのお手伝いをすることになった当日、私は店内で開店の準備をしていた。ただ、どこを見回しても肝心の猫ちゃんが見当たらない。ちなみに名前はポチというそうだ。


「いのりん、喫茶店の制服似合うね」


「社長こそ、見た目だけはパリッとした紳士みたいですよ。見た目だけは。えぇ、見た目だけ。いつも黙っていればいいのに」


「そんなに褒められると照れるなぁ♪」


 社長は頬を赤く染めながら頭の後ろを指で掻いた。その仕草や雰囲気はさわやかなお兄さんという感じ。ホントにルックスだけはまあまあいけてると思う。


 なんで神様は社長の性格をあんな残念なスペックにしちゃったんだろう。


「それにしても、ポチはどこいっちゃったんですかね? エサの不味さに耐えられなかったんでしょうか?」


「悪いやつに捕まって、三味線に加工されてなければいいけど」


 その時だった。店のドアが開き、そこに付けられているベルが軽やかに響いて二十代前半くらいの女性が入ってくる。その人はきれいな長い黒髪をストレートにして、黒いワンピースを着ている。反面、肌は雪のように白い。


 時計に目を向けて見ると、社長と駄弁っている間に開店時間を過ぎていた。


「いらっしゃいまーせー!」


「はぁ……」


 女性は私の挨拶を無視しやがりつつ、カウンター席に座って俯くと深いため息をついた。まるで私なんてその場に存在していないかのようなスルーっぷり。注文をする素振りだってない。


 私はその態度に一瞬イラッとしたものの、これも商売だからとガマンしてお冷やを彼女の横へ置いた。これがプライベートであれば頭の上から氷水をぶっかけて捨て台詞でも吐いているところだ。


「はぁ……」


 ため息が漏れるたびに陰気な空気が二次関数のグラフのように膨張していくような気がする。こっちまで滅入ってくるからやめてほしいところだ。


 でもそんな彼女のところに社長が歩み寄っていき、隣の席に座った。そして私の出したお冷やを勝手に飲んで小さく咳払いをする。


「乙女は悩み多きもの。どうなさいましたか、お嬢様?」


 いつになく紳士的な雰囲気。その部分だけを見れば思わずホロッときてしまう女性も良そうな感じだ。社長にこんな一面があったなんて意外かも。


 すると女性は顔こそあげなかったものの、静かに口を開く。


「実は生きていくのが嫌になって……」


「ほうほう……」


「彼氏に振られて。何百万円も貢いだのに」


「ほうほう……」


「お弁当だって毎日作ったんですよっ? しかもキャラ弁! 権利の関係や大人の事情があるので、この場では具体的な作品名は言えませんが!」


 顔を上げて叫んだ彼女の瞳には大粒の涙が浮かんでいた。しかもカッと見開いた表情は凜としていて美しい。


 ちくしょう、なんで私の周りはルックスだけは並以上のやつばかりいるんだ? 少しでもその要素を分けてくれれば、性格がまともな私は百パー勝ち組になれるのに。


「会社でも上司から嫌がらせを。仕事を納期よりも早く仕上げたら、次の仕事を渡してきたんですよ? 給料は変わらないっていうのに! こんなことなら納期ギリギリでやれば良かった!」


「ほうほう……」


 相変わらず相槌を打ち続ける社長。さすがに今回は『それは嫌がらせじゃないだろう』ってツッコんでほしい。一応、経営者なんだから。


「閉店間際のスーパーに行っても、見切り品は全て売り切れてるし……」


「ほうほう……」


「店員さん、さっきから『ほうほう』しか言いませんね? まるでフクロウみたい」


「ほうほう……」


 その後、音のない数秒の間――。


 さすがに女性も聴いているんだか、いないんだか分からない社長の反応にイライラしたのだろうか?


 でも彼女は不意に吹き出し、腹を抱えて笑い出す。


「あははははは、またっ♪ 面白いですね、フクロウの店員さん」


「ほうほう……」


「だけどっ、口に出したら少しスッキリしました。聴いてくれてありがとうございます!」

「……それは良かった。ボクで良ければいくらでも愚痴を聞きますよ」


「やっと喋ってくれましたね。はい、またこの店に来るかもなので、その時はよろしくです!」


「で、御注文は?」


 社長はにっこりと微笑み、伝票とペンを持って女性に訊ねた。




 ――そっか、そういうことだったんだ。


 ようやく私は理解した。社長の興味は注文を訊くことだけだったんだ。だから単に素っ気ない態度をとって相槌を打っていたんだ。意識してやっていたことじゃない。そうじゃなきゃ、社長があんなことをするはずないもん。


 そうだよ、きっと……。



 その後、その女性は友達を連れて何度も店を訪れてくれるようになった。そして『愚痴を聞いてくれるフクロウみたいな店員さんがいる』というのが口コミで広がり、ちょっぴり店の売上が伸びた。


 どうやらなんとかこの店を潰さずに店主さんの退院まで持ちこたえられそうだ。


〈了〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

万事解決! ウマシカ企画社 ~1件目・喫茶店を建て直せ!~ みすたぁ・ゆー @mister_u

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ