第8話 俺にイジメがいは必要ない!

白花しらはな 恋華このは


 漢字を一目見れば女子であると判断できる気はするが、当時虐めることにしか興味がなかった俺は、彼女が女子であると判断することすら困難であるほど残念な状態にあった。


 入学式早々、学ランを着崩し、両手はポケットに突っ込み、例えるとするならば昭和のヤンキーとでもいえばいいのだろうか。「そんな自分かっけー」と、くだらない優越感に浸りきり、満足気な面持ちを醸し出しながら、どう足掻いても成りきれやしない性悪を装い、俺は教室の扉を力強く開けた。


「あーだりぃー…え?」


 教室には既に八割程の生徒がいたが、緊張のせいか、俺に興味を示そうとするものは誰一人としていなかった。

 俺はとてつもない羞恥心に晒され、赤面した顔を必死に隠しながら自分の席に向かった。俺は挨拶がわりに隣の奴、恋華の机を思い切り蹴り飛ばす事にした。


「いたっ…!」


 小さく訴えるその女の子の声に俺は驚きを隠しきれなかった。


「あっ!ごめっ…!」


 おっと、危ない。俺としたことが鬼という役目をすっかり忘れ、謝ってしまう所だった。

 俺の視野に不意に入り込んできたのは、朗らかで育ちの良さが滲み出た人懐っこそうな女の子だった。まるで小動物かの様な見た目だ。しかし、どこか自分に自信が無さそうで内気で気弱そうな女の子のようにも見える。見た目だけでいえば言うこと無しの美人だといえるだろう。美人というよりは可愛らしいと言った方が表現的には正しいかもしれない。


 急な女の子の声に驚きが隠しきれずつい口を滑らしてしまったが、これまでの経験からしてこいつには虐められる才能があると俺は踏んでいた。才能があるというのは、虐められやすい体質を生まれつき備え持っているということだ。だから決して、俺が虐めたくて虐めている訳では無い。なんて、今では到底及ぶことの無い考えではあるが、そんなひねくれた理屈を理由にして毎日飽きずにいじめっ子をしていた。そして、俺はこいつに的を絞ることにした。


「あ…いいですよ…ぶつけてしまっただけ…ですよね?」


 彼女はまるで誘拐犯に襲われたかのような怯えた声で俺に訴えかけた。

 俺は無言で舌打ちをし、椅子に座った。


「チッ」


 しかし、驚いた。初日からヤンキー擬きみたいな奴に絡まれ、さほど格好よくもない奴が格好つけて教室に入って来るだけでも警戒するのが普通だ。オマケに机まで蹴飛ばされているのだ。近寄りたくないやつベストワンに入ってもおかしくないだろう。しかし、彼女はそんな態度を表に出すまいと必死に隠していた。

 これまでであれば「いたっ!」とだけ発し、返事すら返ってきたことはなかった。なんなら、返事よりも先に周りの生徒の悲鳴が返ってくるぐらいだ。しかし、彼女は第二声に「いいですよ」と発したのだ。理由は何にしろ、ほんの少しだけ嬉しかったのは事実だ。


 もちろん、そんなことで俺が虐めを辞める訳が無いわけで、むしろ火に油を注ぐ行為をしてしまったという事に彼女はまだ気付いていない。これは俺の恋華に対する勝手なイメージだが、そんな彼女はさぞかしいい環境で育ったのであろう。恐らく虐めや不幸をいまだに知らない彼女だからこそ虐めの本質というものを思う存分理解させる事ができる。本質を知ってしまった彼女は、今の温厚でお淑やかな仮面は剥がれ落ち、完璧を演じきることはできなくなるだろう。再度言うが、あくまでこれは俺の勝手なイメージだ。会ったばかりで彼女が温厚でお淑やかかどうかなど見抜けるほど俺は鬼才の持ち主ではない。俺が伝えたかったのは、それ程「虐め」というものは人の人生を良くも悪くも大きく狂わせてしまう力を持っているということだ。


 気弱で内気である事、席が一番後ろである事、女子である事。虐めるにおいては言うことの無しの最適条件だ。

 こんな奴こそ不幸にしてやりたい。そんな事を淡々と考えていた。


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