第5話 俺に大切な人は必要ない!

 僕は先生にがっしりと手を捕まれ、そのまま校長室に連れ込まれた。

 怪我をした子と僕、その両者の保護者を含め、校長先生と担任の先生の計六人で話合いを始めた。

 校長室の中は空気が凍ったように緊張感が漂っていた。


「僕は絶対に謝らない!」


 相手の親は僕を睨みつけた。確かに僕もこの子に怪我をさせてしまった事に関しては悪いと思っている。でも、僕はもっと辛い思いをしてるんだ。だから絶対に…。 そんな思いがあった。

 そんな甘ったれた考えを許して貰える訳もなく、お父さんは僕の頭をはたいた。


「謝りなさい」


 久しぶりにお父さんが本気で怒る姿を見た。お父さんの表情を見ていると、僕が一方的に悪かったように感じてきた。

 自分が悪かったという事を認めてしまいそうで泣きそうになり、僕は一目散に校長室を飛び出した。


 河原で石いじりをしながらへそを曲げていると、僕の元へお父さんが走り寄ってきた。


「優牙!」


 僕は再び殴られると悟りとっさに目を瞑った。


「…え?」


 お父さんは僕の頭の上に手を置き、優しく頭をわしゃわしゃした。その時のお父さんの表情はとても笑顔だった。しかし、その笑顔にはなにか不安そうで辛そうな表情も滲み出ていた。


「そうだよな…お前も辛いよな…。先生と相手の方には話付けといたから。明日相手に謝ろうな。」


 僕は泣くよりも先に驚きが込み上げてきた。


「そりゃ、ストレスも溜まるし、当たり散らしたくもなるよな。」


 僕は泣いた。声を上げて泣いた。涙が止まらなかった。


「もうお前は不幸になんてならない。だから、不幸のプレゼントなんて事やめないか。お前が学校一不幸を知っているプロなんだって言うなら、不幸をプレゼントするんじゃなくて、不幸の辛さってもんを教えてやれよ。大したことないんだぞ!ってな」


 僕は僕の心にぽっかりと空いた穴を誰かに埋めてほしかっただけだったのかもしれない。僕の気持ちに一緒になって寄り添ってくれた事が何よりも嬉しかった。そして同時にこう思った。


『大切な人が出来るという事はこうゆう事だったのか。』


 と。


 次の朝、僕は教室で前の子にしっかり謝った。


「ごめんなさい」

「いやいや僕こそ大袈裟だったよ。ごめんね。」

「はは、ははは(笑)」


 ぎこちない笑いが僕達の緊張感を少し和らげてくれた。そして、僕にとって初めて友達というものができた気がした。


 そんな感じで何事もなく二年がたち、僕は小学六年生へと上がろうとしていた。

 ちなみに、何事も無いというのは本当に何事も無かった。当然僕に近寄ろうとする人がいる訳もなく、先生も僕を大分警戒しているようだった。だから、誰にも話しかけられることは無かった。要するに、一人で三年間を過ごしたという事だ。なんなら『優牙に関われば学校生活卒業』なんて噂もあったまでだ。てか、せめて本人に聞こえないように噂話はして欲しいものである。しかし、怪我を負わせてしまった彼だけは少し僕に絡んできてくれた。だから、ずっと一人だったといったらそれは嘘になるかもしれない。


 そして小学六年生になる直前の春休み。またしても僕に悲劇が襲った。


 父が倒れたのだ。

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