第4話 俺に病み期は必要ない!

 僕は知らない間に悲しみという感情を忘れてしまったのだろうか。何故か悲しみが全く湧いてこなかった。本当は喧嘩などやめて欲しい。仲直りして欲しい。そんな気持ちでいっぱいのはずなのに…

 僕は迷わずリビングの扉を開けた。


「もう…いいよ。」

「…え?! ゆー君!どうしたのこんな時間に!」


 お母さんが悲しそうな顔で僕を見つめてきた。久しぶりにあったお母さんの顔は今にも泣きそうだった。

 僕は何を言っているのだろう。今日のお婆ちゃんの事といいパニックにパニックが積み重なり感情の制御が効かなくなってしまったのだろうか。とんでもないことを言ってしまった気がした。僕だってお母さんを困らせたい訳ではない。でも、こうするべきだと僕の何かが言ったのだ。僕は酷く落ち込んだ。


 数日後お母さんは帰ってこなくなった。それから、僕は両親が離婚したという事を知らされた。

 お父さんは僕をとても心配していた。会社も長期休暇を取り、毎日一緒にいてくれた。

 きっとお父さんは僕が自殺するのではないかと気が気出なかったのであろう。しかし、そんな心配は無用である。なぜなら、今の僕には自殺など考える余地もないほど絶望していたからである。

 この時の俺は離婚の事情など知ろうとしなかったが、離婚の理由は母の不倫だと分かった。帰りが遅かったのも仕事の都合とかいう差し支えのない嘘をつき、男に貢いでいたのだろう。

 そう思うと虫唾が走る。


 数カ月後、お父さんが突如僕に頭を下げた。


「悲しませて本当に悪い!」


 お父さんが謝る必要など一ミリもない。本当に何も悪いことはしていないのだから当然の事である。加えて、僕は全く持って悲しくなどない。むしろ清々していたぐらいだ。だから心配する必要などない。と言う気持ちを込めて返答した。


「いや。うん。大丈夫だから…」


 この時からだろうか。僕は人の不幸を望むようになってしまった。これこそが、僕が清々していた理由である。自分と同じ目に合えば苦しみも痛みも何だって共感し合えるのではないかと思っていた今日この頃なのである。そんな事を考えている間に月日がたち、学校へも行かなくなり二年生の間だけ不登校になった。


 早いものでもう小学三年生になった。今もお父さんと二人暮しをしている。本当は妹もいるのだが、過去のエピーソードには必要のない人物なので彼女の事は省いて話を進めようと思う。


 新しいクラスというものは誰もが緊張する場なのだろう。無論そんな緊張感など僕には存在しない。僕は不幸の押し売りの準備として適当に暴言を吐いておくことにした。


「先生!このクラスだるい!」


 クラスのみんなが僕を獣を見るような目で見た。前の子だけは興味ありげに半身傾向けていた。


「優牙くんー。そう言うことは言わないでね。これから皆で仲良くしていけば良いからね。」


 先生はまるで子犬を手なずけるかのように優しく注意した。


「先生もだるいのかよ!」


 イライラを制御する事を覚えていなかった僕は机を思い切り蹴飛ばした。


「いたっ!」


 蹴った机が前の子の指を巻き込み軽く怪我を負わせてしまった。すると、机のぶつかる音と同時に周りの生徒が叫び声を上げた。


「きゃー!」

「うるさいなー!少し怪我したぐらいで!大袈裟なんだよ!」


 本当にそうだ。大袈裟だ。これが普通なら俺の度重なる不幸はどうなるんだ。

 そんな気持ちはもちろん伝わる訳もなく、僕はクラスメイトと先生を敵にまわした。


「優牙くん!ちょっときなさい!」


 先生はまるでライオンが獲物に威嚇するかのように強く叱った。


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