第3話 俺にデジャブは必要ない!

「おっ?」


 大きく顔を振り上げると、そこには僕の幼稚園の園長先生が立っていた。


「あ〜!?君は!こりゃまた久しぶりな顔だな〜。こんな所でどうしたの?あぶないぞ〜。先生みたいなおっさんがちらほらさまよってるんだから〜。」


 先生は頬を真っ赤にして完全に酔っ払っていた。呂律が回らない口を僅かに開けて何を言い出したかと思えば、たわいのない話をしだした。そんな先生も何かと苦労しているのだろうと思うと、少し気持ちが和らいだ気がした。園長先生が何を言いたいのかはまるで理解できなかったが、この人ならばきっと相談に乗ってくれるだろうと思い、僕は長時間閉ざしていた口を開けた。


「僕の家…分かりますか?」

「あ…?あー。こっちだっけな。」


 なぜ園長先生が僕の家や二年前に卒園した僕の事を今だに覚えているのかを説明しよう。それは僕が幼稚園でいじめの濡れ衣をよく被せられていたからである。ある事ない事こじつけをされては疑われ、疑いを晴らそうとしても誰も聞く耳を持とうとはしてくれなかった。途中から僕はそうゆう体質なんだろうと諦めていた節もあり、そこまで精神的苦痛を負うことも無かったが、今の俺から見てもよく耐えた方だと感心するくらいだ。そんなこんなでよく問題児扱いされていたのだ。だから、僕の情報があちらこちらにまわっていた。加えて僕はこの事を知っていた。そのせいで、いや、今はそのおかげで家に帰ることができる。初めて濡れ衣を被せられた事に有難みを感じた。


「目が腫れているじゃないか。大丈夫か?なんかあったんか?」

「…大切な人を無くしてしまったんです。」


 先生は数秒黙り込み、まるでさっきとは別人のような口調で話し始めた。


「あぁ。そうか…早いな…」

「君には大切な人がいたんだね…」


 先生がなにかボソボソと言っていたが僕には聞こえなかった。例え聞こえていたとしても何を伝えたかったのかは理解できなかっただろう。そして先生は、はっきりした声で話し始めた。


「あのな…大切な人ていうのはな、その人に愛情を注いできたからこそ悲しいし、苦しい。それも、注ぎ込んできた度合いが大きければ大きい程悲しみも苦しみももちろん大きくなる。んー…まあ、それだけ愛情を注ぐことができる存在に出会えたことがもう既に素晴らしいことなんだよ。分からんか?んー大丈夫だ!俺も自分が何を言ってるのかわからん!(笑)」


 いや。確かに理解は出来なかった。でも、この人はきっと何か熱いことを言っていたのだろう。同時に僕の沈んだ気持ちを励まそうとする思いも伝わってきた。


「僕には少し難しいです。」

「だな(笑)」

「でも、今まで以上に愛せる人が現れる時が来たらきっと分かるよ。君にもね。」


 先生はすまし顔でそう言った。


「ここだろ?」

「はい。ありがとうございます。助かりました。」

「ふははは。あんなにちっちゃかった君がね…敬語を覚える時期が来るとはねぇ。じゃ、おやすみな。」


 家に入ると珍しく家の明かりが付いていた。加えて、会話の声も微かに玄関まで響き渡っていた。久しぶりにお母さんとお父さんに会えると思い、僕はまるで今までの事を全て忘れたかのように、リビングへ走った。


「ざけんなっ!!!」


 僕はとっさに足を止めた。僕のいない所で喧嘩?少し戸惑ったが、一瞬で理解した。


 あぁ…また『大切なもの』を失う。


 と。

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