第2話 俺に不幸は必要ない!

 それから一ヶ月後、隣のお婆ちゃんが病気で倒れた。

 その時の僕には、お婆ちゃんがただ縁側で日向ぼっこをしているようにしか感じなかった。何も知らなかった僕は何事もなかった様にお婆ちゃんの隣に横たわった。


「お婆ちゃん今日は温かいねー」


 お婆ちゃんはニコリと微かに笑みを浮かべながら掠れた声で僕に要求を投げ掛けた。


「笑顔を…見せてくれないかい?…」


 お婆ちゃんの今までに無く意味深な要求に不可解を感じたが、僕は二カッと満面の笑みを見せた。


「とても良い笑顔だねぇ…その笑顔を見てる時が一番落ち着くよ…ありがとうねぇ…」


 普段は一段と明るいお婆ちゃんが、珍しい反応をする事に少し疑問を抱いたが、久しぶりに褒められ嬉しくなり気持ちが高ぶってしまい、そんな疑問よりも何故か今は遊び心が勝り、久しぶりに駄々をこねた。


「お婆ちゃん!めんこしよっ!めんこっ!」


 すると、お婆ちゃんは何か可哀想な者を見る目をしながら呟いた。


「ごめんねぇ。温かいし今日はお昼寝しないかい?」


 僕は少し心もとない気持ちになったが、また明日遊べば良い。明日がある。と心の中で言い聞かせて我慢した。


「明日だよっ!絶対ねっ!」

「あぁ…そうだねぇ…」

「分かった!じゃあ僕も一緒に寝るね!」

「あぁ。おやすみ。ゆーちゃん…」


 この時、もうお婆ちゃんと遊べなくなってしまうどころか、顔を合わす事さえも出来なくなってしまうなんて…思ってもみなかった。


 僕はカラスの鳴き声と共に目を覚ました。辺りはすっかり茜色に染まり少し肌寒くなっていた。


「お婆ちゃん起きて。風邪引いちゃうよ。」


 いつも起こしているようにお婆ちゃんの体を揺すり、半身を浮かせると顔辺りの床周辺に赤黒いシミが染み込んでいた。僕は恐る恐るお婆ちゃんの顔を覗いてみると、お婆ちゃんは吐血していた。僕はこれが吐血ではなく、何かの間違いであって欲しいと願うばかりに別の原因を頭の中で必死に探った。


「え…!?えっ…!?お婆ちゃん…?」


 数秒が経ち僕はやっと全てに気がついた。あの不可解な言葉も口調もかすれた声も。僕は全てを後悔する前にパニックに陥り、助けを呼ぶ様にして大声で叫んだ。


「うあぁぁぁぁーーーーーーーー!!!」


 近所の人がすかさず近寄ってみては、皆、目を皿にしてお婆ちゃんを見た。それからはものの数分で救急車が駆けつけた。そして、救急隊員と近所の人との会話が僕の耳に入り込んできた。


「血が赤黒かったことから吐血してから大分時間が経っていると思われます。こちら側も最善を尽くすつもりですが、もう…。ですので、お心の準備の程お願い致します…」


 そうしてお婆ちゃんは直ぐに救急車で病院に運ばれた。ようやく僕の気持ちも徐々に落ち着き始めて立ち直ろうとしていると同時に、次は周りからの陰口が耳に入り込んできた。


「なんですぐに救急車呼ばなかったんだろうねぇー?さすがに考えればわかるよねぇー?」


 いいんだ。僕はこの目付きのせいもあって人から散々文句を言われ続け、濡れ衣も被せ続けられてきたから慣れている。しかし、それとこれは別だ。


「小学生だから仕方ないんじゃない?」


 この時だけは怒りや悲しみでもない。ただ…ただ…悔しみだけが込み上げてきた。僕はとっさにその場から逃げ出す様にして家を走り去った。


「どうして!どうして僕は気づかなかったんだ!あそこで気付いていれば。お婆ちゃんは今ごろ助かっていたかもしれないのに!」


 今思うと確かにその通りかもしれない。しかし、俺は気付かなかったのだ、過去のことを後悔していても仕方が無い。と今だから思える。当然こんな事を冷静に考える余地も無く、何度も何度も自分を攻め続けた。


 酷く後悔をし、絶望に浸っている間に辺りはすっかり真っ暗になった。怖くなり、しんみりと泣きながら辺りをさまよっていると、自分より二回り程大きな人が自分の前に立ち止まった。

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