鼠捕獲作戦

廿楽 亜久

鼠探し

「鼠が入り込んだ」


 室長の重い言葉が、今日の朝礼の始まりだった。


「早急にあぶり出し、捕まえなければいけない」


 誰かが固唾を飲んだ音がした。


「タイムリミットは、係長の戻ってくる午後1時。それまでに、この部屋に潜む鼠を探し出す。

 君たちにも手伝ってもらう。いいな?」


 各々が一度周りの顔を伺い、アイコンタクトを交わす。

 事の重大さは、全員が理解していた。だが、ひとつだけ言いたいことがあった。


「室長」


 次長が真剣な面持ちで手を挙げる。


「なんだ」


 そして、


「だから、ネズミじゃなくて、ハムスターですって!」


 みんなが言いたかったことを代弁した。


ハムスターかわいいネズミでしょ?」

「言い方! ”狼”の事を”犬”って読んでるようなものですよ!?」

「まぁ、狼も強そうな犬と言えば、強そうな犬、だよな……?」


 首を傾げながら同意を求められる部下たちは、素直に首を横に振った。


「はい! みんな、とにかくハムスターのヒメ太郎を探して!」


 会話が平行線になるのを察知した次長が、手を叩き部下たちに指示する。


 ハムスターのヒメ太郎は、係長のペットだ。どうしても長期で出張しなければならず、オフィスで1週間預かっていた。

 オフィスで預かるのもどうかと、係長も迷ったらしく、生き物が好きだと言う新人に預けようとしたが、物凄くヒメ太郎に威嚇と拒絶に合い、断念。

 その様子を見ていた数人が、室長に頼み、許可をもらった。


 そして、そのヒメ太郎が、本日、脱走した。

 朝一に来た室長がヒメ太郎の脱走に気がつき、出口という出口に張り紙をして回ったため、おそらくこの部屋の中にまだ潜んでいる。

 机の下や積み上げられた資料の山の影、ダンボールの影など、とにかく隠れられる場所は多いし、もし焦って探して資料が崩れた先にいたら、ジ・エンド。


 総員でヒメ太郎を探すが、時間だけが過ぎていく。

 餌を置いて、おびき寄せるも、来ない。


「どこだァ!? ヒメェ!」


 叫んだところで出てこない。


「これ、見つからなかったら係長起こりますよね?」

「わりとハムスターって逃げ出すから、一緒に探してくれるかもよ?」

「今度から預かるにしても、トビラは針金で固定しよう」


 諦めてくる者も出てくる中、内線電話が鳴る。


「あの、田中さんって方がいらっしゃってるそうです」

「あ、自分です!」


 その言葉に勢いよく顔を上げた新人が、飛び出していった。

 そして、戻ってきたその手には、フクロウの入ったケージ。


「……フクロウ?」

「実は自分、鷹匠でして、捕まえるなら役立つんじゃないかと。ハムスターは夜行性ですから、部屋を暗くして出てきたところをミミが捕まえます。どうでしょうか?」


 意外な事実に室長含めて全員が唖然としてしまったが、ついに室長が頷いた。


 静かで暗い部屋。

 小さな足音が駆け、浮き上がった。


「よくやった!」


 明るくなった部屋で、新人はフクロウのミミを労った後、田中というミミを連れてきてくれた人に連れ帰ってもらった。

 ヒメ太郎はというと、無事、ケージの中だ。トビラは脱室防止のゴムが結び付けられた。

 時刻は、午後12時30分。

 問題は、あとひとつ。


「あとは部屋を片付けるぞ!」


 探し回った挙句、ミミが飛んだことで散らばった書類の整理と片付け。


「終わったぁ!」


 時刻は、午後12時50分。

 なんとか間に合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鼠捕獲作戦 廿楽 亜久 @tudura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ