フクロウのぬいぐるみ

八ツ波ウミエラ

魔法使いになった兄

 フクロウのぬいぐるみを貰った日から、兄さんは魔法使いになってしまった。


 魔法使いの1日はトーストを食べるところから始まる。半分はマーガリン。半分はマーマレード。綺麗に2色になったそれを食べ終わると、学校へ向かう。肩にフクロウのぬいぐるみを乗せて。


 魔法使いには数学も物理も必要ないよね。兄さんはそう言って、授業中をぼんやり

過ごす。肩にフクロウのぬいぐるみを乗せて。


 学校から帰って、夕御飯を食べて、お風呂に入る。歯磨きをする。


「よし、冒険の準備はいいか?」

「うん、おっけー」


 パジャマ姿でそう言うと、お互い自分の部屋に行って眠りにつく。


 夢の中で私たちは魔法の世界に行く。空にはドラゴンが飛び、人々は様々な魔法を使って暮らしている。街はすべて魔法仕掛けの街。雲よりも高く浮いている街。虹色の川が流れる街。風の色の見える街。影がひとりでに動く街。


 フクロウのぬいぐるみが家に来てから、毎日がこの夢だ。私たちは毎日、魔法の世界を冒険する。ドラゴンの背中に乗り、花の魔法を使って宿屋の部屋を花でいっぱいにする。黄金の湖でくじらよりも大きい金魚が泳ぐところを見る。


「次は銀の街に行こう。あそこの名物のチョコレートケーキは、なんでもユニコーンが作ってるらしいぜ」

「いいね」


 毎朝、魔法の世界の話をしながら、私たちは今日もトーストを食べる。半分はマーガリン。半分はマーマレード。綺麗に2色になったそれを。


 今日は日曜日。ふたりで映画を観に行った帰りに、小さな女の子がひとりで泣いているのを見つけた。


「お母さんとお父さんはどこかな?お名前言える?」


 兄さんは屈んで女の子と目線を合わせながら聞いた。女の子は泣くので精一杯。


「こうなったら、切り札を使うしか無いな」

「切り札?」

「ああ、とっておきの魔法さ」


 そう言うと、兄さんは肩からフクロウのぬいぐるみを外した。


「だいじょうぶ。君はひとりじゃないんだよ。今日からフクロウくんが君の友達だ。あ!フクロウくんは友達の名前が知りたいみたい」

「……あかり」

「あかりちゃん、フクロウくんをよろしくね」


 あかりちゃんが笑ったので、兄さんも、にっこり笑った。


 あかりちゃんがお父さんに抱っこされながら、こちらにいつまでも手を振っている。その小さな手には、フクロウのぬいぐるみ。


「兄さん、フクロウさん大事にしてたのに、いいの?」

「いいんだよ。友達は一緒にいなきゃな」


 フクロウのぬいぐるみがいなくなってから、私たちは魔法の世界に行けなくなった。

兄さんは前よりもぼうっとすることが増えて、トーストにマーガリンだけ塗るようになった。


「ただいまー」

「父さん、おかえり。どうしたのその包み?」

「太郎のやつ、この前やったフクロウのぬいぐるみ、他の子にあげちゃったんだろ?だから、新しいの買ってきたんだ。かわいいぞ~~」


 包みから出てきたのは、かわいい赤いオウムのぬいぐるみ。兄さんもきっと気に入ることだろう。


「今度は兄さん、海賊になっちゃうかな?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

フクロウのぬいぐるみ 八ツ波ウミエラ @oiwai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ