フクロウカフェ
立花 零
フクロウカフェ
「ねえ知ってる?公園の奥の、雑木林を少し進んだところに、フクロウカフェができたらしいよ」
「そんな話聞いたことないよ?」
「何かの見間違いじゃない?」
朝通学路で見かけたチラシの話をしているのに、見間違いなはずないじゃないか。聞いたことないのはそのチラシが貼ってある場所を通ったことないからだろう。
断定してくる友人に悪態をつきつつ、チラシの内容を思い出す。
”フクロウカフェで癒されませんか?”そんな一言に胸を惹かれたのは、自分が癒しを必要としているからなのかもしれない。
自分の意見をうまく言えず周りの顔色を伺うことが癖になってしまっている私は、キラキラしているはずの高校生活に疲れを感じている。
入学式、一人で浮かないようにと頑張って話しかけた相手は、カーストの上の方にいる系統の女子で、うまく話せない私を面白いと感じたのか、そのままよくつるむようになった。彼女は人気者なのでどんどん人が集まって、クラスではそれなりの権力を持つグループになった。浮かないようにと話しかけたはずなのに、このグループで案の定私は浮いてしまった。
人気者であるが故に、そのままリーダーのようになった彼女・
「可愛いよね、フクロウって」
そう私の話に乗ってくれる天音に「一緒に行かない?」と気軽に誘うことも許されないのだ。
ははは、とその場をうまくやり過ごして、放課後に一人で行ってみようと決めた。彼女たちは恐らく何人かで何処かに遊びに行くのだろうから。
放課後になってすぐ、前の席である天音がくるりと上半身だけ振り返った。
「
「私はいいや。楽しんできて」
「・・・うん」
彼女が前に向きなおると、その周りには彼女の親衛隊と言わんばかりに待ち構える女子がいて。その中の何人かはこちらを向いてにやにやと笑っている。
腹の中で考えていることが伝わってくるようで怖い。
その集団より早く教室を出る。負の波に覆いかぶさられて心の中まで浸食されてしまわないように。
チラシに書いてあった地図を写真に撮ってあったので、それを見ながら目的地を目指す。近付いているようでそれらしきものが見えずしばらくうろうろしていると、さっきも通ったはずなのに見逃していた横道を見つける。
鬱蒼とした林で、ドキドキしながら足を踏み入れる。
しばらく歩くと”フクロウカフェ・クローバー”の看板が見えてきた。外観は少し古い洋館で、カーテンに遮られて中の様子は見えなかった。
「すいませーん」
ドアを開けながら声をかけてみるものの、人の気配がない。今日は休みの可能性もなくはない。日付はよく見ていなかった。
「誰かいませんかー」
鍵は締まっていないのでダメ元でもう一度声をかけると、奥からぱたぱたとスリッパで走る音が聞こえてきた。
「あらお客さん、ごめんなさいね~ちょっと休憩してて、」
現れたのは10歳くらいは年上に見えるお姉さん。綺麗なママと言った方が正しいか。なんとも言えないとうやむやにしておいた方が想像しやすいか。
「休憩中でしたか?すいません」
「違うのよ・・・お客さんがいないから自主休憩ってやつなの」
ほほ、と上品に笑ったその人に案内され廊下を進む。
「はい、ここに座って」
「はあ・・・」
座るよう促されたのは、レストランの個室程度の広さの部屋の椅子だった。目の前にはテーブルがあり、それを挟んでもう一脚椅子がある。
お世辞にも広いとは言えないし、フクロウも見当たらない。私は何かおかしい勧誘の手口に引っ掛かってしまったんじゃないかと不安になる。でもお姉さんは優しそうだ。それが詐欺か・・・。
「お待たせ~」
語尾にハートが似合いそうな話し方をするお姉さんは何事もないように正面の席に座った。そろそろ突っ込んでおくべきだろうか。
「じゃあ始めますね~」
「姉さん、忘れ物」
朗らかに何かを始めようとするお姉さんのやる気を遮るように、小学生くらいに見える可愛い男の子が部屋に入ってきた。
「あら、ありがとう宋ちゃん」
男の子は感謝の言葉に何も返さず、黙って部屋を出て行った。
「はい、これ」
目の前に置かれたのは飲み物だった。お茶、だろうか。
「リラックス効果のあるお茶よ。どうぞ」
「は、はあ」
突っ込むのも忘れて、まんまとお茶を飲む。何か危ないものが入っていたらどうするつもりなんだ、私。
「あ、あの」
「なあに?」
「ここ、フクロウカフェって書いてありましたよね?フクロウはどこにいるんですか?」
満を持して聞いてみると、お姉さんは目を丸くして驚いていた。そんなに驚くことだろうか。
「フクロウって言うのは”物知り博士”って意味で使ってて、本物がいるわけじゃないのよ~」
本当に申し訳なさそうに眉を八の字にするお姉さん。確かに、フクロウに癒されるとは書いてなかったな・・・と思い出す。これは私の注意力が欠けていただけでお姉さんのせいじゃないな。
「そうだったんですね」
「ここはお話をして少しでも楽になってもらいたいっていう場所なんだけど・・・期待裏切っちゃったわよね・・・」
本当に悲しそうに目を伏せるお姉さんに逆に申し訳なさを感じて「是非お願いしたいです!」と前のめりにお願いをする。
お姉さんはすぐにやる気になり、目をキラキラとさせた。
「じゃあ始めるわね」
「はい」
真面目そうな雰囲気のお姉さんを見てごくりと唾をのむ。
「あなたが悩んでるのは、お友達のことね?」
「・・・はい」
驚いた。まさか何も言わずにわかるとは。物知り博士というくらいだからそういう力があるのかもしれない。
「うーん。難しい問題ね・・・まずはあなたが自分に自信を持つことかしら」
痛いところをつかれて黙り込むしかなかった。私の弱点はまさにそれで、どうしようもないと自分で諦めていたからだ。
「自分にとって、何が一番大切か、考えてみて。みんなと仲良くすることか、誰か一人と仲良くいることか」
「一番大切なもの・・・」
「そう。それがわかれば、あなたは変わるはずよ」
一番大切なのは天音だ。・・・そうか、それ以外には何と思われても、天音にさえ嫌われなければいいんだ。他と関わりたくないからって天音まで避けていたら、本当に大事なものまで失ってしまうところだった。
「わかりました、大切なもの」
「良かった。これできっとその子も喜ぶわ」
お姉さんの言った言葉に違和感を感じた。
「わかるんですか?そんなこと」
「へ?何のこと?」
変な誤魔化し方に引っ掛かったものの、すっきりしたことで自分に余裕が生まれた気がした。
ほんの短い時間でここに来る前とは別人になったように感じるくらい、お姉さんの一言一言には力があった。
「ありがとうございました」
それは心の底から出た言葉で、フクロウカフェなどと紛らわしい名前のことなど忘れてしまっていた。
「力になれたようでよかったわ」
ニッコリとほほ笑んだお姉さんは入り口の外まで見送ってくれた。途中、ふわふわとした鳥の羽を見かけたけれど、ここが林のなかだと考えるとそのくらいは入ってきてしまうのかもしれないと、特に気にならなかった。
「ありがとうございます」
「いいえ、また機会があれば会いましょう」
お姉さんに背を向けて元来た道を辿って戻る。”また機会があれば”というのは、機会がない限りは会うことがないということだろうか。言葉の意図がわからず振り返ってみると、そこには何もなかった。
「・・・あれ?」
古い洋館はない。お姉さんもいない。道の奥ももう殆どいけないくらいに狭くて家が建っていた痕跡すらない。こんな短時間で見失うはずがない。
ほー、と鳥の声が聞こえる。鳥?いや、この鳴き方はフクロウじゃなかったかな。
頭をひねる。何かが引っ掛かるようで、その何かがわからない。
明日、天音と話そう。その決意だけが私の胸に残っていた。
「駄目じゃないか、姉さん」
「何が?」
少し暗くなった公園にフクロウの鳴き声がこだまする。まるで会話しているように。
「さっきの子に言いかけただろ。友達も同じことで悩んでたって」
「そんなことないわよ~」
「僕らは一部の悩んでる人間にしか見えないんだ。チラシをそこら辺に配り歩くのもやめてくれよ」
「ばれてたか」
小さいフクロウと大きいフクロウがくっつかったり離れたりを繰り返している。まるで喧嘩しているようだ。
「フクロウカフェって書くのもやめてくれ。なんのための変化だ」
「だって可愛いじゃない」
「だっても何もないよ」
「もう、宋ちゃんったら厳しい」
大きいフクロウは小さいフクロウに近付く。まるで仲のいい姉弟のように。
月の光が二人・・・二羽の影を大きくする。その姿はまるで、この林を守る主のようだった。
教室に入って天音を見つける。相変わらず周りには人がいたけど、もう気にしない。
「おはよ、天音」
天音は驚いたように私を見る。やっぱり最近話しかけなさ過ぎたのかもしれない。けれど、天音はすぐににっこりと笑った。
「おはよー、玲菜!」
大切なものがわかったから、私はもう悩まない。
ほー、と朝なのにフクロウの鳴き声が聞こえた気がした。
フクロウカフェ 立花 零 @017ringo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます