ふふふ

新吉

第1話

 我が家の車の鍵にはふくろうの鈴がついている。



「ない!!」



 鍵がないときは鈴の音が頼りだ。みんなでしかたなしにお父さんの鍵を探す。お父さんのものはなんでもどこかに行ってしまう。鍵の他にも運転するときだけ使うメガネも、スマホも防寒グッズもジャンパーも財布も時計もひげそりも、行方不明になる。たいていの置き場所や忘れやすい場所も、みんな把握済みだ。



「車にはなかった」


「ほらジャンパーのポケットは?」


「ない」


「こたつの中?」


「猫しかいないよー」


「あったあったカバンの中」



 カバンを降ると鈴が鳴る。だけど出てきたのは財布だけ。お父さんは財布にも最近つけだした。



「なんだい!音が違うびっちゃ!」


「見つけたと思ったのに」



 ピリピリするお父さん。少しみんな落ち込んだその時、チリンチリンとやけに小さな音が聞こえた。こたつから音がする。



「あ!」


「リンちゃん!!」



 猫のリンちゃんが寝っ転がってお父さんのふくろうをいじめている。その度にチリンチリンと鳴るのだ。右に左に転がされるふくろう、と鍵。



「あった!」


「いがったいがった」



 ふくろう拉致事件だ。今回が初犯であり、罪は軽い。お父さんはいつも人のせいにするから重罪。今回は猫のせいだけど。


 お父さんがバタバタと仕事に行って、やっと静かになる。こたつに戻ってきたお母さんが突然、ふふふと思い出し笑いをした。



「お父さんね若いときからああでさ」


「うん、いっつも聞くけど。何笑ってんの?」



 お父さんのこの悪い癖が出るとお母さんはいつも怒る。昔からああだとか、こんなひどいことがあった、あんたらはこんな男の人はやめなさいよ、ちゃんといい人を見つけるんだよ、なんて長く続くんだけど。この日はお母さんは笑っていた。



「だからあのふくろうの鈴つけてあげたの。不苦労、苦労しないとか福老とか福路っていって、豊かに年を重ねるとか、旅の安全もある縁起もんだよ。だからみんなの鍵にもふくろうちゃんね」


「へー」


「目も大きいし首も回るでしょ。だから探し物がすぐ見つかるし、幸せも見逃さない」


「見つかんないじゃん」


「だからおっかしくて」



 色の禿げただいぶボロボロのふくろうの鈴にそんな意味があるなんて知らなかった。私の車の鍵にもいる、少しずつ禿げてきた。お母さんのは代替わりして100均の茶色い大きな音のふくろうを飼っているけど、お父さんのはそのままだ。



「苦労だらけだったしね」


「そりゃあね、言い伝えだろうし」


「まあでも、まだつけてるんだなあと思って」



 お父さんの鍵にはたくさんのキーホルダーがついている。ふくろうはその仲間のひとりだ。すぐ目の前になくても何がついているかわかる。お姉ちゃんが修学旅行で行った神戸のキャラクターものお土産、私が編んだ小さい犬のあみぐるみ、小さいクマの首は禿げて金色、茶色い雫型の革のキーホルダーは今にも千切れそうだ。どれもこれもずたぼろで時々入れ替えはする。だけどお父さんの鍵の仲間はいろんなところにいなくなる割にはみんな長生きだ。



「ねえちょっとお父さん戻ってきたんじゃない?」


「またなんか忘れたのかね」


「さすがにそれはないんじゃない?さっきあんなに確認したのに」



 ガラガラガラ



「メガネ忘れた!」


「入ってたよ!」


「空だった!!」



 メガネケースの中は空っぽで、私は洗面所へ行った。そこにメガネはあって、ついでにあった色えんぴつも渡した。洗濯の前にポケットから色えんぴつを出すんだ。



「ん、で行ってきます」


「今度こそ何もねーが!?」


「ねー!!」


「行ってらっしゃい」



 今度はお母さんはいつものように怒った。空のケースを持っていくなんて頭が空っぽなんだいっちゃ!もしまた戻ってきても誰も出んなよ鍵かげでしまえ!とがちゃんと内鍵をかけた。ふくろうの鍵では家の玄関は開かない。


 お父さんが鍵をなくしたのに、お母さんがふふふっと笑った日の話。





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ふふふ 新吉 @bottiti

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