*未来に至る道程

 ──太陽は三人の影を短く形作る。マウント・オーガスタス国立公園から数キロ離れた荒れ地に辿り着き、こうして対峙している。

 辺り一帯には高い木々もなく、赤い土には乾燥に強い植物が点在していた。

「俺が、失敗作だと?」

 フォージュリはベリルを一瞥し、ジーンを鋭く睨みつける。

「そうだよ。何回、言えば解るの」

「ジーン」

「事実をちゃんと言ってあげないと」

 ジーンはフォージュリを刺激するなと制止したベリルに呆れた顔をして肩をすくめる。

「どうして貴様がオリジナルの隣にいる」

「へ?」

 予想もしなかった問いかけに、ジーンはキョトンとする。

「フォージュリ。その殺意に意味は無い」

 しかし、フォージュリの耳にはベリルの声は届いていない。その意識、全てがジーンに向けられていた。

「やだなあ。僕も父さんも成功した仲間だよ。一緒にいるのは、当然でしょ」

「成功した──仲間?」

 その言葉にフォージュリはベリルを見やる。

「だから、そいつとは一緒にいるのか?」

「そうではない」

「そうに決まってるでしょ」

 ベリルは何故そこまで好戦的なのかとジーンに眉を寄せる。話し合いが無駄というより、そもそもジーン自身に話し合いをする気がないのは明らかだ。

 殺してしまった方が早い──そんな感情をまるで隠そうとはしない。

 互いに躊躇うことなく相手の命を奪おうとしている。どうしてこうも、私の言葉は届かないのかとベリルは目を眇めた。

「殺してやる」

 ジーンに駆け寄ると同時に素早くナイフを抜いた。

「フォージュリ!」

「いいよ。相手してあげる」

 当然、割って入るベリルを予想していたジーンは薄笑いを浮かべ、右に駆けてフォージュリを誘導しつつベリルから遠ざかる。

「ジーン!」

「邪魔しないでね」

 まだ止める気でいるベリルに笑みを浮かべながらも、険しい視線を送った。

「貴様など死ねばいい」

「それはこっちのセリフだよ」

 失敗作が父さんの周りをうろうろしてるんじゃないよ──フォージュリにしか聞こえない声で言い捨てた。

「許さない」

 吹き出すフォージュリの怒りにジーンは口角を吊り上げた。

「何故、殺し合う必要がある」

 ベリルは苦々しくつぶやいた。

 二人の闘いに割って入る事は可能だ。二人のレベルはベリルを下回っている。しかし、どうしてだか足が動かない。

 すくんでいる訳でも無い。なのに、何故か足は一向に動いてはくれなかった。

 言うなれば、頑丈な鎖が手足に幾重にも巻き付いているかのごとく窮屈で重い。別の大きな力に縛り付けられているように、何かが全身に絡みついている。

 これはなんだ。逆らうことが出来ない──

「上手く逃げ出せたんだから、そのまま生きて行けばいいじゃない」

「うるさい! 俺は、オリジナルになるんだ」

「馬鹿なの? 父さんや僕が死んだって、オリジナルなんかになれる訳ないでしょ。あんたも僕も、コピーはコピーなの」

「違う! 俺は、コピーなんかじゃない! 偽物なんかじゃない」

「何故、そんなものにこだわる」

 もう、誰一人として責める者はいないというのに、フォージュリの耳には、彼らの声が今も聞こえているのか。それほど、自分を追い詰めているのか。

「過去から、抜け出せないほどに」

 どうあがこうとも変えられない事柄に執着すれば、精神はすり減り壊れていく。それでも変えようともがき苦しみ、自ら選択肢を断ち凄惨な最期を遂げる。

 もっと早くに出会っていたならば、どうにか出来たのだろうか。何故、出会えなかったのか。こうなる事は必然なのか。

 二人の睨み合いに、ベリルは変えられない流れなのかと奥歯を噛みしめる。死から逃げもせず、避ける事も考えず向かっていく二人に疑問を抱かずにはいられない。

 それはあたかも、彼らの意思とは関係なく遺伝子が争い合っているようにベリルの目には映った。

「貴様なんかには渡さない」

 父さんの隣を──フォージュリの口から紡がれた言葉に、ジーンもベリルも目を見開く。

「おまえ、どっちなの?」

 殺したいんじゃなかったのかいとジーンは呆れて目を据わらせた。

 おそらく、フォージュリの感情の変化はジーンの存在によるものだろう。けれど、オリジナルを殺したいという意識を消し去るまでの強いものじゃない。

 これは一時的なもので、ジーンがいなくなれば再び、ベリルの命を狙ってくる事は明白だ。

 争うための理由だけが決定づけられている。やはり、彼らは己の意思だけではない何かに突き動かされているのではないのか。

 ベリルにはそう思えてならなかった。

「隣にいるのは、俺なんだ」

「やっぱり、破綻してる」

「黙れ」

 低く、くぐもった声色にベリルは何かの危険を感じた。

「ジーン! 下がれ!」

「誰にも渡さない」

 ベリルの声は一歩遅く、フォージュリはつぶやいてジーンの手を強く掴んだ。

「──っ離せよ」

 ジーンはどうにかしようともがくが、フォージュリの手はがっちりジーンを掴んで離さない。

 アサルトジャケットから爆薬がちらりと覗き、ジーンは体を強ばらせてフォージュリを凝視した。

「おまえ。なんなんだよ」

 訳がわからない。父さんを殺したいんじゃなかったのか。僕を殺して、父さんの隣にいたいんじゃなかったのか!?

「だから、おまえは失敗作だって言うんだよ!」

 フォージュリは口角を吊り上げ、ゆっくりと腰の爆弾に視線を落とした。そうして、起爆スイッチを手にする。

「父さん!」

 ジーンはベリルに手を伸ばした。

「これで、邪魔なものはいなくなる」

「ジ──」

 駆け寄ろうとしたベリルにフォージュリは一瞬、笑顔を見せる。刹那、爆音が轟き爆発の衝撃で砂煙が高く舞った。

 束の間、視界を遮っていた砂煙が晴れ、フォージュリに駆け寄る。しかし、生死を確認するまでもなく確実な死を認識しただけだった。

「フォージュリ……」

 眉を寄せるベリルの耳にジーンの微かな呻き声が聞こえた。

「と──うさ、ん」

 ジーンはフォージュリがスイッチを押す直前にその手を振り解いたが間に合わず、爆発に巻き込まれた。

 しかれど、それだけのダメージではない事が胸から染み出る赤い液体で理解できる。

「ジーン」

 フォージュリはスイッチを押すと同時に、ハンドガンを抜いて逃げるジーンの背中から心臓に銃弾を放ったのだ。

 流れる血の量から、致命傷である事は間違いない。

「父さん、どこ?」

 ジーンは震える手でベリルを探した。

 もはや、助かる見込みはない。ベリルはジーンの手を取り、しっかりと握った。ベリルの手に安心したのか、ジーンは少年のように笑みを浮かべる。

「ジーン」

「僕は、父さんしかいらない。ただ、父さんと、一緒にいたかった、だけなんだ」

 あいつらは意地悪だ。

「勉強なんか、嫌いだ。どんなに勉強したって、父さんに会わせてくれないじゃないか。酷いよ、約束したのに」

 沢山、覚えたら。いつか、父さんに会わせてくれるって言ったのに──そんなとき、誰かが施設を襲ってくれたから、僕は外に出られた。

「これで、やっと、父さんに会えると思った、のに……。父さんは、どこにも、いなかった」

 寂しくて、悲しくて、必死に探した。

「僕、は──父さん、を、守るんだ」

 見下ろすベリルの頬に血に濡れた手を添える。

「父さん。僕が、守るから」

 ベリルは、消えゆく命を必死に留めようとジーンを強く抱きしめる。徐々に冷めていく体温が、死を確実なものにしていく。

「あは、やったね」

「ジーン」

「父さんに、ギュッて、してもらっちゃった」

「──っ」

 ふと、ジーンの瞳が表情を無くした。

「父さん。僕たちの死体を、誰にも触れさせちゃ、だめだよ」

 気管に入った血でむせながらも、

「まだ、早い」

 僕たちと父さんの事が知られるには、まだ早いから。

 言い終わると、ベリルの腕にズシリと重さが伝わった。見開かれたジーンのまぶたをゆっくりと降ろし、強く目を閉じる。

「これが──結果か」

 まるで、イミテーションですらも許さないとでも言うように、二つの命はことごとく失われた。

 それはさながら、プログラムされた細胞の死──アポトーシスの如き慈悲も無く、ただ淡々と行われるシステムのように──

 これは必然であったのか。そうであるならば、なんのためのプロセスなのか。二人の死は、私という存在を活かすためのものだと言いたげだ。

 一体、私は何人の命を奪えば気が済むのだろうか。

「──っはあ」

 怒りをぶつける先も、哀しみを吐き出す事も出来ないベリルは大きく息を吐き出した。

 血塗られた己の手を見つめ、血に染まった体を確認するように見回し、ベリルは薄笑いを浮かべる。

 逃れられない自分の運命に笑ったのか、泣く事の出来ない反動なのかは解らない。ベリルはジーンを腕に抱えたまま、睨み付けるようにしばらく空を仰いだ。



 ──落ち着くと、ピックアップトラックに乗せていたショベルを手に、二人の遺体を埋葬する準備に取りかかる。

 時間はかかるけれど、その時間が今は有り難い。

 あの襲撃から全てが崩れ、始まっている。襲撃さえなければ、他のクローンたちもフォージュリの手によって命を落とす事はなかったかもしれない。

 されど、その先に幸福が待っていたのかは解らない。そもそも、狭い空間のなかで生きていかなければならなかった我々に、幸福を望むことは許されていたのか。

 望むものを手にできたベリルには、ジーンたちの想いはもう解らない。せめて、魂というものがあるのならば、安らかにと願うばかりだ。

 ──埋葬し終え、深い溜息を吐き出す。誰にも気付かれないようにと目印もなく、植物からやや距離を置いた。

 全ては終わったと喉を詰まらせ、目を閉じてこうべを垂れる。頬を滑っていく風にまぶたを上げて、眼前に広がる大地に目を細める。

 大地は、二つの命を糧に未来をつないでいく。ここにも、いつかワイルドフラワーが咲き乱れる季節が来る。

 その頃には、私は色とりどりの花を笑って眺める事が出来るだろうか──




 END

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