*止めどもなき心情
このままここに居続ければ、住民に被害が及ぶのは必至だ。ベリルは、ゆっくり話し合うためにも、ここから離れる事を考えた。
住宅街だというのに、二人からは武器を使うことにまったく躊躇が見られない。
警察から上手く逃げ切れる自身でもあるのか。何より、関係のない人間が傷つくことを少しも恐れず罪悪感の欠片も見えない。被害が及ぶ前にこの場から離れるしかない。
ともかく、それぞれの感情は違えどベリルに執着しているという点では変わらない。
「どこに行くの?」
「バリングラ」
「ああ。マウント・オーガスタスね」
西オーストラリア州カナーボンから東に、約四百五十キロメートルの地点にある世界最大の一枚岩だ。
周辺はマウント・オーガスタス国立公園 になっており、七月から十月にかけてワイルドフラワーが咲き乱れる。
バリングラとは、先住民族アボリジニのワジャリ族の言葉である。
「そんな所に行くなんて、父さんも物好きだね」
「聞きたい事がある」
「なに?」
「施設を離れてから、どうやって生きてきた」
「大したことはないよ。森を
──十二年前、ベリルが外で初めて出会った人間がカイルという傭兵だった。
あのとき、近くでカイルの仲間がテロリストの殲滅に集まっていた。カイルもそれに呼び出され、ベリルも少なからずその戦闘に貢献した。
よもや、ジーンも同じような境遇であったのかと思いつつ、そうであるならばフォージュリも同様なのかもしれない。
数十人ほどいた傭兵たちの中に、二人とそれぞれが出会い引き取った者がいた可能性は否めない。
あのとき、もしかするとベリルとジーン、フォージュリは出会えていたかもしれない。むしろ、どうして出会わなかったのか疑問にさえ感じられる。
神は、彼らが出会うことを良しとしなかったという事なのだろうか──
どうであれ、フォージュリと話し合う落ち着いた場所が必要だ。人があまり立ち入らない。さらに多少、暴れても問題のない場所がいい。
バリングラは世界一の一枚岩だが、世界二位の一枚岩であるウルルの方が有名となり観光客は少ない方だ。
とはいえ、その付近にまったく人がいない訳ではないため、数キロほど遠ざかる。
ベリルにとっては、これは無駄な殺し合いだ。
争い合わなくて済むのならそうしたい。
「あいつを説得しようとしてるなら、無駄だよ」
背後から放たれる冷たい言葉にゆっくりと振り返る。
「それが解っていて、どうして殺さないの?」
ベリルは無言で目を伏せた。
「今まで何人も殺してきたんでしょ? なのに、どうしてあいつを生かそうとするの?」
「人を殺めた事があるからと、躊躇いを無くせるはずもない」
「そうじゃないよね。自分一人だけが生き残ってしまったと思っていたから、僕らが生きていて嬉しかったんでしょ」
「だから、殺したくない」
ジーンの声に視線を合わせた。その瞳は、ベリルの感情を無意味なものだと嗤っている。
「そんなの、あいつに伝わる訳もないのに」
「解っている」
それでも、見い出せるものがあるかもしれない。諦めが悪いのは昔からだ。
「もう、僕の邪魔しちゃ、だめだよ」
ベリルの耳元で抑揚のない声が響く。
「当たっちゃったら嫌だからね」
ジーンは本気だろう。
それをさせないためにも、止める方法を見つけ出さなければならない。
──フォージュリは、薄汚れたサンドカラーのカーゴパンツに草色のアサルトジャケットで木々の生い茂る公園をフラフラと歩いていた。
「ウソだ。俺は、失敗なんかじゃない──」
聞かされた真実に未だ動揺が抑えられず、目の焦点は合わない。
「俺は成功だ。失敗はあいつだ」
同じ言葉を繰り返し、繰り返し、呪文のように唱え続けた。
強い日差しを避けるために訪れていた住民は、その異様な雰囲気を放つ青年を遠くからいぶかしげに見つめている。
フォージュリはしばらく公園をうろついていたが警官の姿に素早く身を隠した。
おそらく、住民の通報でかけつけたであろう二人の警官を草陰から見やり、その場から遠ざかる。
我に返ったフォージュリはジーンを思い浮かべ唇を噛みしめる。
「ジーンと言ったか──あいつ」
フォージュリは怒りと共に遠い過去を思い起こした。
──物心ついた時には、すでに周りには同じくらいの子どもが何人かいた。
覇気もなく、ただうつむいているだけの奴から、やたらとうるさい奴。何が見えているのか、じっと同じ所を凝視している奴まで、あまりまともには見えなかった。
そして、白衣を着た陰気な七人ほどの科学者たち──ディスプレイに映し出されている少年に目を輝かせ、
フォージュリは、自分よりもやや年上に見えるディスプレイの少年を無言で見つめた。対面した事の無いその少年に、何故か心臓がドクンと高鳴った事を覚えている。
口々につぶやいている科学者たちの言葉で、その理由を知ったフォージュリは憎しみがふつふつと湧き上がった。
ディスプレイに映る少年に向けられる目の輝きを、フォージュリは今まで一度も見た事がなかった。
いつも暗く、陰気な眼差し。不満げに歪む口元……。大人たちが、あんなに嬉しそうに話している姿は初めてだった。
俺の何がいけない、何がだめなんだ。どうして俺を見ない。
「ああ……。どうして私たちはクローンなんだ」
うるさい。
「しかもこんな──」
うるさいんだよ。
「所詮は別物だ」
だったら消してやる。全て、キサマらごと──!
「何が違うっていうんだ。俺と、あいつの何が!」
声を上げ側の木を殴りつけた。
「何が、違うんだ」
そんなフォージュリの脳裏をふいにかすめたのは、ベリルの側で笑っていたジーンの姿だった。
あのニヤけた顔を思い出す度に、フォージュリの心に言いようのない感情が湧きだして来る。
「俺が、失敗作?」
そんな訳があるものか。
しかし、ジーンを初めて見た事でフォージュリは己の存在がさらに揺らいでいた。
あいつもクローンなのに、どうして俺たちと一緒じゃなかった? あいつだけ特別だったのか? それは何故だ。
「ジーン……」
そして、何の警戒も示さずにいたベリルに眉を寄せる。
隣にクローンがいるのに、あいつはどうして、あんなにも落ち着いていられるんだ。
「俺は偽物じゃない。失敗はあいつだ」
たどり着かない答えにフォージュリは頭を抱えて苦しむ。
夕闇が迫り、住民は我が家へと戻っていく──人影が消えてひっそりとした公園は、さらなる暗闇を呼ぶように、どこからともなく夜の鳥の鳴き声が響き渡った。
しかし、鳥だけでなく虫たちの声も突然、一斉に止まる。
「──殺してやる」
闇に染まっていく空間を見つめ、フォージュリの碧い瞳が輝いた。
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正鵠:《慣用読みで「せいこう」とも》
1 弓の的の中心にある黒点。
1 物事の急所・要点。
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