十二本目:おしごとなう

[☆Airi☆] おしごとなう



 桐桜学院二年女子、三刀愛莉はファミレスでにやにや携帯をいじる。

 いい案件が来たのだ。お肌はてかてかで、至極ご機嫌だった。

 お遊びの案件ではあるけれど、遊びこそ、おしごとくらい本気でやらなくちゃ。



[さくらこ] なんだよ。また愛莉は合コンか?

[☆Airi☆] ピンポーン♪

[リンゴ氏] 越後製菓!

[柏倉 由季] ちょっと、ずるいですよ! どうして呼んでくれなかったんですか!?

[さくらこ] いや、由季は男がいると黙り込むじゃん……

[柏倉 由季] き、聞こえません! 気持ちだけは! 気持ちだけは人一倍あるんです!

[☆Airi☆] 今日は中学のツテだから~。由季ちゃん先輩はまた今度な~?

[ふぶき] はっ

[ふぶき] 合コンなんてあさはか。人はしぜんに恋におちるべき!


 柏倉 由季 が ふぶき を 退会させました


[柏倉 由季] 恵まれた者には死を

[リンゴ氏] これは逆胴一本

[☆Airi☆] 生娘はすぐキレる~ 

[柏倉 由季] うるさいです!!! 私はユニコーンが好むところの清らかな乙女!!!

[リンゴ氏] 可能性だけの獣である……


 さくらこ が ふぶき を 招待しました

 ふぶき が 入会しました


[ふぶき] なんなの!!! 大迷惑!!!

[さくらこ] なあなあイケメン? イケメンなの? 写真上げて写真

[ふぶき] ふん。誰が上がっても悠くんが一番かっこいいもん(笑)


「水上く~ん、快晴く~ん、あと二宮も写真撮ろうぜ~」

「おっ、記念? いいよ! それ後で俺にも送って!」

「……友達との写真、何年ぶりだろう……」

「かっ、かいせーくんっ……! 笑おう! めっちゃ笑うんやで!?」


 鍛えに鍛えたインカメさばきで、愛莉はかしゃりと四人の笑顔を写真に収めて送った。


[ふぶき] ああああああああああああああああ!!!!!! ぅああああああああ!!!

[リンゴ氏] 草


 吹雪から電話がかかってくるが、フル無視。愛莉はにんまりと微笑んだ。


「よっしゃ~! やるぜ~!」



 × × ×



「ていうか謎メンツすぎてマジでウケるよね~」

「いや、俺もこんなことになるとは思わなかったんだけどさ。……でも嬉しい。一回、愛莉ちゃんとは話したかったんだよ」


 愛莉の正面席で、われらが吹雪が恋い焦がれる水上悠が、照れくさそうに頬の傷を掻いている。さっきまでは隣に千紘が、悠の隣に快晴がいたのだが今は外している。

 晩ご飯を丁度食べ終えたので、ドリンクバーにジュースを取りに行ってくれたのだ。


「え~、あたしと? おいおい嬉しいかよ~。なんでなんで?」

「よくちっひが話してるから。あとさ、うちに練習試合に来たときちっひが言ってたんだよ」

「何って? ギャルくせ~って?」


 あいつめ、ロクなことを言わないな。断じてビッチとかじゃない。ただちょっとだけ人より好きな人が多くて、そのスパンが短いだけである。誤解しないでほしい。

 そんな風にじっと悠を見つめると、彼は目を細めてへにゃっと笑った。


「いや。負けられないライバルって」

「…………ばかじゃん。恥ずいやつ」


 少年漫画か。聞いてて顔が赤くなってしまい、グラスに刺したストローをずずっと啜った。


「もう氷しかないんじゃないの?」

「……喉渇いてんの~」

「はは。照れてる。そういうとこちょっとちっひと似てるな。かわいい」

「お。サンキュ~」


 普通に返すと、悠が少しだけたじろいでいた。大方予想と反応が違ったのだろう。


「あたしは二宮と違うんだな~。普通にうれしいだけ」

「なるほど。ちょっと手強い」

「つーか水上くんもチャラくね~? かわいいとか普通に言うじゃん、冗談だけど」

「え……駄目なの? めちゃくちゃちっちゃい頃から、瞳に積極的に口に出せって教えられてきたんだけど」


 英才教育。あの吹雪とのデートの物慣れた感じはそういうことかと愛莉は得心する。

 大方、藍原に買い物とかもたくさん振り回されて育ったのだろう。


「まー、嬉しいからいーけどね。……つーかさー、水上くん。ちょっと聞いてい?」

「うん、何?」

「何で二宮と快晴くんと一緒にいたん?」


 謎の取り合わせが過ぎる。

 愛莉が首を傾げていると、悠はゆっくりと両手で顔を覆い。

 そして、嘆きの声を漏らした。


「うちのライバルが、本当に心配で……」

「……話してみ~?」


 かくして、カウンセリングのお仕事が始まる。

 一体、何でこんなことになったんだ?

 










 ことの発端は、悠のお節介というかシンパシーらしい。

 本日は五月の土曜日。悠は午前の藤宮の練習を終えて、お昼を食べて、ちょっとだけ休んでまた錬心館の稽古に出る。秋水の練習を終えた快晴も当然のようにいた。

 ただ、いつもと違うのは今日は稽古が始まる時間がちょっとだけ早く、そして終わるのが早かったということだ。道場の外に出ても、まだ夕陽が沈みきっていない。

 困ったことだ。御剣に帰るために乗る新幹線までまだまだ時間がある。

 一度家に帰るのも面倒だし、外で待ち続けるには長すぎる。どうしたものかと快晴の隣に立って考えていると、くぅうとお腹が鳴った。ふたつ。


「お腹空いたねー、悠。今日の稽古は短いけどキツかったからなあ……」


 いいことを思いついた。悠は竹刀袋を手から離し、ぽんと拳で手のひらを打つ。


「なあ快晴、今からメシ食いに行かない?」

「……え?」

「思えば、また会ってから一緒に剣道しかしてないし。たまにはゆっくりしないか?」


 あ、でもダメかなと言ってから悠は気付く。

 いつだったか、車で家まで送ってくれた優しい乾家の両親の姿が脳裏に浮かんだ。


「やっぱり、悪いから――」




「行くっ!!!」


 悠がドン引く。本日の稽古、そのどれよりも身体が震えた。

 食いつきよすぎ。というか顔がいきいきしすぎ。『笑わない男』、えっそれ誰?

 動揺のあまり身動きが取れないでいると、快晴がポケットから携帯を取り出した。


「家に電話する!」

「お、おう……。そ、そんなに慌てなくても」

「あっ、もしもし? なんだ吹雪か。…………ああもう、うるさいな。早く母さんに替わってよ」


 聞いていない。というかこいつはどうして妹相手だとこんなに黒くなるの?

 再会した親友には、まだまだ知らないことが多い。


「うるっさいなあ、僕にも友達ぐらい居るよ! 早く替われ! ……あ、もしもし母さん? うん、聞いてた? 今日晩ご飯いらない。友達と食べてくる。…………え? そ、そうだけど。あ、ちょっと声落として。吹雪に聞かれたらマズい」


 しばしぼうっとして聞いている。というか、自分との飯は妹に知られたらまずいことなの?

 かなしい。そんな恥みたいに。でもまあ、どうせ俺は剣道しかできないポンコツだし――。


「悠、悠?」

「え、あ?」

「なんか母さんが、ちょっと替わってほしいみたい?」


 なんだろう、と促されるままに快晴のスマホを受け取る。

 あの優しくて穏やかな声がまた聞けると思うと、楽しみだった。


「あ、もしもし替わりました。水上悠です」


『ゆうぐん……ぁりがどぅ……ぁりがどぅ……』

 はちゃめちゃに泣いていた。


「どどどどどうしたんですかっ!?」


 よく分からないけれど、この人も昔の快晴みたいにすぐ泣く人なのかもしれない。

 電話口で彼女はちーんとかわいく鼻をかむと、言った。

『初めて、なの……』


「えっ?」


『あの子、友達と晩ご飯行くの初めてなのぉ――――!』


「……なん…………だと……?」


 雷が落ちたような衝撃をこの身に受けて、悠は天を仰いでだらりと携帯を持った手を下げる。

 震えながら電話を切った。


「な、なあ……快晴。ちょっと、聞いていいか?」

「うん、なに?」

「今からファミレス行こうと思うんだけど、さ、さすがに行ったことあるよな!」

「えっ、あれってファミリー以外で入っていいの?」

「な、に……。が、学校の友達とメシ食うよな!? そのときどこ行ってるんだ!?」

「…………とも……だち……?」


 悠が、息を呑む。

 この反応を知っている。


「か、彼女とか……いないの? ほ、ほら、女友達とか!」

「……剣道に、そんな技はないよ?」


 目に光がない。自分が壊れてることに気付いていない。

 こんな奴を知っている。

 ――昔の、俺だ……!

 竹刀袋を置いて、言葉を遮り快晴の両肩を持った。がくがくと揺さぶる。


「快晴っ! まだ間に合う! 手遅れになる前に治そう!」

「えっ、な、何が?」

「俺が、お前に友達を作ってやる!」


 悠は快晴に携帯を返し、ポケットから自分のそれをしゅばっと取り出す。

 かくして、切り札はその名を呼ばれる。


「ち――――っひ! はやくきてくれ―――――――ッ!」



 × × ×


 なるほど、そういうことか。うん、愛莉さんには全然分からん。

 カウンセリングのお仕事を終え、愛莉は煙草みたいにストローを人差し指と中指の間に挟み、ふう~と息を隣の千紘に吐きかける。


「話長いわりに、全然繋がってへんやおまんがな~」

「……あんたのその下手な関西弁、ほんまいつになったら治んねん愛莉ぃ!」

「せやかて二宮、治らへんやでおまんがな~」

「あほ!」


 隣に座っている千紘がはたいてくるのを、抵抗せずに甘んじて受ける。

 この騒がしい突っ込みも久しぶり。中学時代は面打ちよりも受けてきたのに、学校が変わるとあんまり会わなくなって機会が減って。絶対言わないけど、ちょっとだけ寂しい。

 愛莉は、ずずずっとお代わりのメロンソーダを啜りつつ、じとっと千紘を睨んだ。


「で? どういう流れなワケこれは」

「な、何がよ? 今さっきゆーくんが全部喋っとったやんか!」

「いや全部じゃねーじゃん? あたしを呼ぶまでの間が飛んでね?」


 核心を突くと、ううっと千紘が引いた。


「てか、何であたし呼んだんよ? お前いっつも、ひとりでも男と平気で遊ぶじゃん?」

「そ、それは……っ」

「しかも、『合コンやるぞ』って。……あんたそういうの、すっげー嫌いじゃなかったっけ?」


 環境も、それから人も変わるものだ。でもあんまりにも不自然だった。

 あの二宮千紘が、『女』を意識させる場面を自分から作るなんて。


「……だ、だって…………」

「だって?」

「悔しかったんやもんっ!」


 ばーんと千紘がテーブルを叩く。衝撃で飛び跳ねるネタを中学のときに仕込まれたことをギリで思い出せたので、愛莉はぴょこんと椅子から跳ね上がる。


「それをやめろぉ! ……ほんま、あいつらみたいにぃ!」


 びしっと、千紘は向かいのふたつの空席を涙目で指差す。

 悠と快晴はいない。一緒にトイレに行ったし、なんなら今もドリンクを入れるところでわちゃわちゃしている。


「あいつら、うちって女子がおんのに……」

「おんのに?」

「ずうううう――――――っと男同士でいちゃいちゃしてるんやもんっ!」


 千紘が激しく両手で顔を覆う。またかよ、と愛莉はため息をついた。


「話してみ……」


 遊びに来たのに、またお仕事の時間だ。


「……しゃ~ね~。友達の為じゃん?」


 かくして竹馬の友、二宮千紘は文豪のように重苦しく物語を語る。

 友のために奔走した話を。


 × × ×


 千紘は激怒した。

 必ずかの邪知暴虐のゆーくんに面を入れてやらねばならぬと決意した。防具なしで。

 千紘には政治が分からぬ。あと恋愛も分からぬ。

 でもとりあえず友情に対しては、人一倍敏感であった。

 そりゃあ「ちっひと喋りたい」なんて言われたら超嬉しいし、「一緒に晩飯食べようぜ」なんて言われたらおかんに晩ご飯いらーんと言って飛んでいく。


「な、なにこれ……」


 走った。千紘は走った。少しずつ沈んでいく太陽の十倍も早く、彼が待つ約束の地――、

 サイゼへと走った。


「よっ、ちっひ! 信じてた!」


 するとやっぱり、そこで奴は待っていた。


「こ、こんにち、は……?」


 多分人質に出せるくらいの大親友、乾快晴と一緒に。

 かくしてわなわなと震え、千紘は叫ぶ。


「またこのパターンかいなっ!? もおおおお―――――っ!」


 こんなサプライズは要らない。かつて吹雪たち桐桜女子陣に呼ばれたときもそうだった。

 というか、要件を言ってくれれば普通に協力してやるのに、どうしてみんな騙そうとする?


「うちが単純やからって! なんやの! めっちゃ走ったのに!」

「だ、だって全部言うと来てくれないかと思ったんだよ! 頼むちっひ!」


 ぱん、と手を合わせて悠は快晴の隣で頭を下げる。「友達のためだと思って!」


 友達。友達。……友情。


「頼むちっひ先生……! 金ならいくらでも払う! 大事な親友なんです!」

「しんゆう……」


 隣の患者さん、もう救われたような顔をしてそう呟いているが本当に自分は必要か?

 と、思わなくもないのだが。


「しゃーないなあ。手術料は三千円やで!」


 でもその前に、自分を頼ってくれたことがうれしい!

千紘はばばんと薄い胸を叩き、にかっと笑う。


「かいせーくん! うち、二宮千紘! ちっひとかちっひーって呼んでな!」

「う、うん。……よろしくちっひーちゃん。乾、快晴です。秋水に通っています」


 口元だけで微笑んで、快晴は行儀良くぺこりと頭を下げた。

 物腰が柔らかい。千紘はほえーと息を吐きつつ、なぜか音が鳴らないくらいの拍手をした。


「なんや、かいせーくん思ってたんと全然違うんやなあ! 優しそーやん!」

「え。ぼ、僕、どういう風に思われてたの?」

「もっと怖い人かと思とってん。うち、試合してるとこか雑誌でしか見たことあれへんし!」

「……う。またあの雑誌の話か。ほんとに、受けるんじゃなかったなあインタビュー」

「えっ、快晴あれ受けたの? 言えよ! 買うのに! いつの号?」

「い、言うわけないでしょあんな黒歴史! あああ今すぐ潰れてほしい、あの雑誌!」

「家にあったやつは捨てちゃったからな。部室とかあるかな……」

「ちょっと、探さないでよ!? 大体悠だって受けたでしょインタビューとか!」

「受けたけど毎回問題発言しかしないからカットされて……」

「うわっ、そういうとこだよ君は!」

「あー、うるさいうるさい。快晴は真面目すぎなんだよ」

「……いや、以外と昔はそうでも……」


 千紘は口をぱくぱくさせなながら、ふたりの会話を聞くだけになる。

 おかしい。おしゃべりのはずの自分が、全く口を挟めない。

 大縄跳びに入りたいんだけどずっとタイミングを掴めない人みたいになっていた。


「むう……」


 千紘はジト目になりつつ、空になったオレンジジュースをずずずと啜る。


「ていうかあの雑誌って一体誰が読んでんだろな。藤宮の部室にもあるけど」

「あっ、僕んとこにもある。ほんと謎だよね。そもそも誰が買ってるんだろう」

「……あんな、ふたりとも?」

「てか秋水ってどんな感じなの? 道場とかさ」

「あっ、杉なんだよ木が。わりといい匂いするんだよ。寝転ぶと結構いい感じでね」

「……ちょお」

「えー、いいなあ。藤宮は空気好きだけどちょっとボロくてさあ」

「それはそれで趣があって良くない? ところで藤宮の練習メニューってどういう感じなの? 僕さあ、もうちょっと秋水には申し合わせ稽古があっても――」




「なあ!!!! うちがここにおるんやけど!!!!!」



 ばーんと千紘は両手でテーブルを叩く。それに呼応して、悠がぴょこんと一度跳ね上がった。


「ねえ悠今何で跳ねたの?」「あっ、これは様式美ってやつ」「へー。分かった、覚える」

「ちょっ……話聞けや! うちもう帰んで!?」


 なんなんだ、男ふたりで隣同士に座っていちゃこらと。

 呼びつけたくせに、というかここに生粋の女子がいるというのになんと心得る。

 ぶすっと頬を膨らませて不満顔をしていると、失礼しました先生と悠が頭を下げる。


「悪い悪いちっひ。じゃあ、改めて親睦を深めよう!」

「ほんま……頼むでもう。じゃあ、何の話する? 趣味の話とかどう?」

「おお、いいんじゃないか? 快晴って趣味なんなの?」


 いいぞ。やっと初対面同士の会話っぽくなってきた。

 まずは快晴に喋ってもらって、その後自分の趣味について喋り倒そう。


「趣味かあ。…………趣味? ……剣道、かな……?」


 その予定だったのに。自分が主導権を握るはずだったのに。

 またしても快晴から暗雲が立ちこめてきた。


「け、剣道は趣味とかとちゃうやん? かいせーくん、家帰ったらいっつも何してるんよ?」

「寝てる……」

「なんでやねんっ! 寝る以外にもなんかあるやろ!? テレビ見るとか!」

「えっ、だって学校行くでしょ? 練習するでしょ? 終わったら錬心館行くでしょ? 帰るでしょ? もう十二時前でしょ? お風呂入って寝るでしょ? ……うん、やることない!」

「うぉおお……! あんたそれでええんか!? ゆーくんも何か言ったり!」

「分かる」

「何も分からんわぁっ! もうええ黙っとけ! えっ、じゃあ休みの日は? 日曜とか!」

「秋水の練習、日曜もあるよ? 終わったら平日と同じだよ?」


 こわい。一体何が彼をそこまで練習に駆り立てるのか。

 もしも彼を壊した犯人がいるのなら、きっと地獄に落ちるだろう。

 千紘は震えながら、あとちょっとだけ半泣きになりながら、一縷の希望にすがる。


「で、でも、ほら……。たまには練習ない日ぃくらいあるやろ? そんときは……?」

「たまった疲れを取るために寝てる……?」

「なんでやねん…………」

「分かる」

「分かるちゃうわあああ―――っ! もぉおおおお――――――っ!」


 駄目だ。ここに居たらいつか酸欠で死んでしまう。

 地球人に剣道星は厳しすぎたのだ。いっそ帰ってやろうかと、鞄を手に取る。

 ほら引き留めて。そういう流れやからほら早く突っ込んで――。


「悠って休みの日とかどうやって練習してるの?」

「まだ体力抜けてるからやっぱり走り込みかなあ……。あと快晴みたいにフィジカルほしいから筋トレも継続的にやってる」

「フィジカルはどっちかというと剣振って必要な分付けるイメージなんだけどねー。あんまり付けると僕逆に動けなくてさ」

「えっほんと? 数値的にどれくらい? 俺もうちょい欲しいんだけど」

「プラス3kgでもう駄目かなあ。今が一番動けるんだよ。高校上がったときとか試してたんだけど、スピード落ちちゃうのか橋倉先輩にたまに抜かれて――」




「だからぁああ! 男同士でイチャつくなやあぁあ――――っ!」



 千紘は再びばーんと両手でテーブルをはたく。

 するとやっぱり剣道星人は超反応。

 悠と快晴が、ぴょこんと同時に椅子から跳ねた。


「おっ、やるじゃん」

「できたできた」


 いえーいと、親友同士は笑顔でハイタッチしている。ついに千紘が舌を打った。

 何度も何度も、男でいちゃこらいちゃこらと……仮にも女子がいるというのに!


「もー怒った……」


 ポケットから、千紘は諸刃の刃を抜く。

 千紘には恋愛が分からぬ。男女を意識させられる場は嫌である。


「……ああ、もしもし愛莉?」


 けれど。


「男紹介したいんやけど、こーへん? ……お前の好きなイケメンやぞ」


 プライドを傷つけられたままは、もっと嫌であった。


 × × ×



「ウケる」


 四杯目のファンタを呑みきる頃、愛莉は全ての事情をようやく聞き終わっていた。

 これで、今に至るまでのお話はおしまいらしい。

 お仕事は終わり。やっとこさお遊びの時間だ。

 他人に話すと冷静になってしまったのか、隣で真っ赤になっている千紘の肩をつついた。


「あんたもちゃんと女なんだな~」

「や、やかましいわ……。ゆ、ゆーくん! ドリンクいこ!」


 わかりやすい逃亡だ。

 それにしても、こんなときまで連れて行くなんて、よっぽど悠のことを気に入っているのだろう。中学時代ならひとりですたこら逃げていただろうに。


「お、いいよ。ついでに愛莉ちゃんと快晴の分も持ってくるよ。何がいい?」

「あ~ありがと。あたしメロンソーダ」

「じゃあ僕はウーロン茶で。……二人になっちゃったね。改めまして、吹雪の兄の快晴です」

「あはは、やり直すとか真面目かよ~。三刀愛莉さんで~す。もっかいよろしく!」


噂のお兄様だ。カピバラの実物を初めて見るみたいな興奮がある。

 今までは吹雪のガードがあったせいで、全然話しかけることができなかったから。


「あ、あのさ……。三刀さんって、吹雪とどれぐらい絡むの?」

「あ?うん。いっぱい? クラスも一緒。練習も一緒。帰るときも一緒だぜ~」

「はぁあ……っ! ごめんなさいっ! いつも介護を任せてしまって!」

「ウケる」


言い方よ。いや確かに間違ってないけど。

謝罪会見もかくやと言うように、快晴が頭を深々とさげる。それから立てかけてあったメニューを手に取って恭しく渡してきた。


「み、三刀さん。今日は好きなものを頼んでください! 僕が全部奢ります!」

「あっは、いーっていーって。てか愛莉でいーって~」

「い、いや……いきなり下の名前なんて! チャラいよ!」


 快晴くんマジ真面目。

 それから睨んでいた通り、やっぱり吹雪から聞く変態鬼畜兄貴の情報は偽りで。


「本当にごめんね、三刀さん。……あいつバカすぎるけど、どうか見捨てないでやってね」

「……快晴くん、いいお兄ちゃん過ぎな~。毎日苦労してんでしょ、吹雪に」

「分かる!? 分かってくれる!? ああ、やっと理解者が……!」


 泣きそうになっている。ウケる。

 目頭を押さえている快晴に分かる分かると頷いていると、ドリンクを持ってふたりが帰ってきた。悠がメロンソーダを手渡しながら、へにゃりと笑って聞いてくる。


「何の話してたの?」

「こ、今度こそうちも混ぜてや?」

「おうよ。吹雪ってマジ吹雪だよな~って。ねーねー水上くん、ぶっちゃけうちの吹雪どう?」

「どう? どうって……剣道? 上手いと思う! ……女子の中では」


 今一瞬目から光消えて声低くなったな。ちょっと怖い。面白い。

 けど遊び百パーセントになる前に、桐桜女子勢としてもう少しだけ仕事しておくか。


「いや~剣道のことはいーからいーから。どう? かわいいじゃん? うちの剣姫ちゃん」

「ああ……うん。かわいいと思う! すごい良い子だし。個人的に、ご飯を美味しそうに食べるところがいいなあって――」


 おおいいぞ、その調子だと愛莉がぐっと両拳を握る。

 しかし別の拳が、どん! とテーブルを叩いた。

 ぴょこんと愛莉と千紘と悠が椅子から跳ね上がる。


「やめろぉっ!」


 犯人は、お兄ちゃんであった。


「妹のことを良く言うなっ! いくら悠でも許さないぞッ!」

「逆やろ」「ウケる」

「何で怒るんだよ!? ……あっ、分かった。快晴ってもしかしてシスコン?」

「もう約束とかどうでもいいや。ここで決着を着けよう」

「か、かいせーくん! 竹刀はアカン!」

「お~、キレ方吹雪とそっくり~」

「お前も止めろやっ!」


 手を叩いてけらけら笑っているうちに、千紘が鎮火してくれた。便利。ていうかめっちゃ楽しい。ここんところ男と絡む機会が少なかったから、マジ心の栄養なのだった。

 吹雪のことを置いておき、恋愛大好きガールとしてふたりに問う。


「ねーねー快晴くん、水上くん。ぶっちゃけどういう女の子がタイプなわけ?」

「……おまえ、ほんまに合コンみたいなこと聞くんやな……」

「え~、いーじゃん。だって折角だし。あたし言ってくれたら桐桜の子紹介すんよ?」


 そう言うと、向かい側で悠と快晴がぽかんと顔を合わせる。

 悠が頷く。


「悪い話じゃない……よな?」


 快晴が首を振る。


「いや、あの制服と恋愛するなら打ち込み百本のがマシだよ」


 悠が高速で頭をはたきにかかるが、ひょいと快晴は首を捻って回避する。

 互いに一瞬すぎてほとんど見えなかった。


「何で叩くの!?」

「うるさい何で避けるんだっ! ……お前は、もっと妹のことを大事に思えよ!」

「できるわけないだろ! 君の前で!」

「何でだよ! ずるい……。ずるいぞ! 俺はあんな妹が欲しかったのに!」

「どこがいいんだあんなのの! 大体、僕は君みたいな兄は欲しくないんだ!」

「お~い、イチャつくな~」

「な。ずっとこれやで。帰りたなるやろ?」


 女性側の温度は下がっていくが、でも折角の話題だ。

 脱線は許さない。


「で、ぶっちゃけ快晴くんはど~なの? タイプタイプ」

「えぇ!? か、考えたことないなあ。……うーん。死ねって言わない人。あと噛まない人」

「そんな地雷みたいな女の子いるかぁ……? 快晴、理想低すぎない?」

「ね……そうだよね悠……。僕は人として当たり前のことを求めているに過ぎないんだ……」

「あ、でも史織あいつ『死ね』って言ってきたわこの前。ないよなあほんと……」

「そ、そんなこと言わないでよっ!? 吹雪じゃなくてちゃんとあっちを!」


 急にテンションが下がった悠を、なぜか快晴がなだめすかしている。謎の光景だ。

 隣を見ると、千紘が半笑いになっていた。


「頑張ってんねんけどなあ……しおりんも……」

「なになに。今のうちにこそっと教えといてよ~」

「いや、ほんまモテんねん。ゆーくん」

「あーね」

「後輩やで。めっちゃかわいい。でも性格がアレやねん……」

「そんなこと言うとうちのもポンコツだかんな~。……そっか後輩かー。ねーねー水上くん」

「ん? 何?」

「水上くんは? 好みのタイプどーなん? ほら、後輩がいいとか同いがいいとかさ~」


 前は千紘を介して聞いただけだったから、深いところまで聞けていない。

 これはチャンスだ。

 今のところ、その後輩ちゃんとうちの姫様はどっちが有利なのか。


「え? うーん、圧倒的に年上!」

「ウケる」

「さすがゆーくんや」

「世の中ってたまに上手くできてるよね……」

「えっ、だって良くない? 年上! ……まともな年上。ちゃんと働いて、自分で掃除できて、人んちに毎日晩ご飯食べに来ない人がいい。冷蔵庫に酒を勝手に入れないでほしい」

「み、水上く~ん?」

「愛莉ちゃん……。瞳はちゃんと先生やれてる? 聖職者やれてる? 遅刻せずに授業来る? ハンカチは毎日持ってる? ほ、他の先生方とコミュニケーション取れてる? あいつ彼氏とかいるのかな!? なあ、嫁に行けるかな!?」


 さっきの快晴と全く同じ動作で、悠は目頭を押さえる。


「いつもいつも、瞳が迷惑かけてごめんなさい……」


 そうだった。姉代わり持ちだった。

 死んだ目で、彼はぼそりと一言漏らす。

 それが、このだらっとした遊びを完全に終わらせる核弾頭になった。



「もう最悪、責任持って俺が拾うしかないのかなあ……」



 三人でテーブルを強く叩き、順番に立ち上がる。


「はっ、それだ! それがいいよ悠! あの人剣道強いし!」


 最適解を見つけたというように表情を輝かせる快晴。


「ちょ~っと快晴くん! それはいけないって! あんね、吹雪にももっといいとこが!」


 そんなことされたら部活の雰囲気が終了してしまうと、本気で焦る自分。


「な、なんでみんなよその子ばっかり! しおりんかって生意気やけどかわいいねんで!?」


 身内への友情が厚く、先輩としての義憤にかられる千紘。


「あ、あの……? 三人とも……?」


 そしてぽつんと悠は置いていく。もう知らん。

 こっちはそれどころじゃない。遊びの合コンは終わったのだ。


「藍原先生だよ!」

「しおりんやって!」

「吹雪だってば~!」


 三すくみで取っ組み合っていると、スカートのポケットの中でぶるぶると携帯が震えた。

 こんな忙しいときに、一体誰だ!

『ふぶき』

 ぶちっと愛莉の頭で血管が切れる。液晶を突き破らんばかりの力で受話器をタッチ。

『あ、愛莉ぃ! どうなってるの!? なんで!? なんで悠くんと、合コン――』


「うるさぁぁあ―――いっ!」


 人の気も知らないで。いい加減にしろ、このぽんこつわがまま姫様が!

 一言叫んで、無理矢理切る!



「推しごとなう!!!!」












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