四本目:第三者接近遭遇


 宇宙人はきっとどこかにいると、城崎俊介はずっと密かに信じていた。

 だって宇宙は広いから、それこそスペースがもったいない。

 見つけたら、きっと一も二もなく会いに行って、言ってやりたい言葉があった。

 そんな子どもの夢は笑い飛ばされてしまうから、ずっとへらへら笑って隠していたのに。

 けれど宇宙人は、本当にいた。いてくれた。


『俊介も、いいよな?』

『ああ、いいぜ。恨みっこなしだ』


 構える切っ先が、たったひとつの共通言語。祈るように両手で竹刀を握る。

 どうかこの言葉がいつか、違う星に住む奴の心にも届いてくれたらいい。

 剣道星、剣道星、聞こえるか。こちら人類、交信願う。

 とてもちっぽけで弱いけど、どうか。


『始めっ!』


 オレと、友達になってくれ――








 一方的な蹂躙を、城崎は後ろで竹刀を握りしめてずっと見ていた。

 五月、放課後の道場に、怪獣のような悠の叫びが響き渡る。


「我ぁああああ―――――っしゃあぁぁあヤぁッ!!」


 自由闊達に破壊の風を巻き起こす化物の眼は爛々と光り、こっちを少しも見てくれない。

 ちっぽけで弱い人類の分際で、そんな事実に光年の距離ほどの孤独を感じる。

 ――もう、練習しなくても十分なのに。どんどん離れてくな。

 すると、そんなさみしさの周波数が伝わったかのように、悠はもがいて苦しみだした。

 佐々木先生に押され叩かれ蹴り飛ばされて、身体を床に打ち付けて。

 見ているだけで、悲痛で吐きそうになった。

 しかし、それでも悠は立ち上がる。その切っ先は下がらない。

 苦しそうだ。とどめを刺されるまいと、みっともなくあがくようでさえある。

 やがて声を失った悠の身体がふらふらと揺れると、防具をつけた佐々木先生が大股で近寄った。


「腑抜けが!」


 叫び、後ろ襟を掴んで容赦なく悠を壁に叩きつける。

 破裂するような壁の音と共に、がふ、と鈍い呻き声が漏れていた。

 激しい音で満ちるはずの道場に、一瞬の静寂が訪れる。死んだのではないか、とみんなが息を呑む。ぎょっとして動けない自分とは違って、千紘は倒れる悠に真っ先に走り寄る。

 しかし、悠はそれを倒れながら静止した。

 来るな、と籠手に包んだ右手を千紘に向かって突きつける。

 空気を押し飛ばされたように動けなくなる千紘の一方で、悠は竹刀を握ったもう片方の手で身体を起こす。

 誰にも手を借りず、たったひとりで。


「……まだ。……こんなもんじゃ、足りないッ」


 面金の中で牙を尖らせ、鋭い刀を相手に向けて、不屈の瞳は前を見る。

 その眼に映る相手は、きっと地上最強の男のみ。 


「行くぞぉ――――――ッ!」


 第三者が関わる余地なんてないよなと、遙か光のように遠ざかっていく背中を見て寂しく笑った。




 × × ×




「では、解散!」


 練習の終わりを告げる江坂の号令を聞いて、城崎は両手をついてははっと頭を下げる。

 面を取って黙想しているときと、この「解散」の声を聞いたときの開放感を味わっているときだけは、剣道も悪くないかなと一瞬思える。

 城崎は満足感と共に顔を上げて、正座を崩して両手を後ろにつく。

 練習終わりの和らいだ空気と、開けた窓から吹き込んでくる五月のぬるい風が気持ちいい。

 せっかくだから、と女子副部長の円香が窓の外に飾った鯉のぼりが、オレンジと薄闇が混じる放課後の空をゆるゆると泳いでいた。


「きのっちー。おーい」

「……お? ちっひー、今日もお疲れ。どしたよ?」

「おつかれさーん。いや、なんか最近きのっち、ぼーっとしてること多なったでな?」

「そう、かね? ……そーなのよ。やっぱオレって、黄昏れてるとイケメンじゃん?」


 剣道をしているときは、カチューシャをつけていない。

 だから両手で前髪を上げて押さえると、注文通りに千紘がぺちりとおでこをはたいてくれた。


「あほ。そういうこと自分で言うからモテへんねん」

「えー。分かってねーなー。ちゃんとアピールしないと、女の子は見てくれないんだぜ?」

「……そうかぁー? うちは全然そんなん好みとちゃうけどなー」

「そりゃ、ちっひーはちょっとズレてんもん」


 不満顔の千紘を、かぶりを振ってちょっと煽る。

 突っ込みどころを常に作ってあげるのが、彼女といるときのちょっとしたコツだ。


「実際、剣道部以外には何人も実績出してんじゃん。一年の頃見てたろちっひー!」

「見とったでー? いっぱい付き合って、そのぶん振られとったもんな! 毎回!」


 そうそう、こういう感じだと城崎はあえて舌を出す。

 汎用的なパターンだ。最後に自分を下げるようにオチを作ってやればいい。

 それだけで結構、誰とでも仲良くできる。

 こういう人間関係の小手先のテクみたいなものは、意外と好きだった。


「でも何もないよりはるかにマシじゃん? 永久恋愛圏外のちっひーさん?」

「やっ、やかましいわ! うちかって、いつかは電波入るもん!」

「えっ、地球の?」

「当たり前やろ! なんで人間相手とちゃうねん!? ……ちゃうねん、ちゃうねん! うちのファンは、見えてへんだけで絶対どっかにはおんねん! うちは信じてる!」


 ほほーう、と本気にしていない感じで笑う。

 実際、その通り。こんなに距離が近いと、勘違いしてしまっている男子たちは多い。

 しかしそれを言うのは無粋だし、何より癪だから黙っておくことにする。


「シュレディンガー状態ってヤツだなー。箱を開けてみるまで、ちっひーファンの存在は未確定なのだ……」

「ん、ん……? しゅれ、しゅる……なに? シュークリーム? おいしい?」

「おいしいのはお前のボケ。量子力学の話じゃん。有名だろ?」

「……いやぁ? 聞いたことないで? そんなシュークリーム。じゅぎょーで習った?」


 こてん、と千紘は首を傾げる。

 たまに、自分が当たり前だと思っていることが他の人には違っていて、こうやって交信が途絶えることがある。


「習わねーよー。なんか量子とか宇宙とか、そういうのにハマっちゃう時期とかあるじゃん?」

「いやぁ、うちはないで? そんなんきのっちだけとちゃう?」

「……そ、そっか。まあちっひーには高尚すぎて分かんねーよな!」

「なんやと、しばいたろかっ!」


 笑って落とす。

 悲しいけど、こういうときは無理せず素直に撤退が正解だ。

 城崎は竹刀を手に取って、立ち上がる。


「ちっと鏡でイケメン具合に酔いしれてくっかなー」

「……懲りひんなあ。今、ほんまもんの男前が使ってんで?」


 ちょいちょい、と千紘が笑って人差し指で鏡の方角を指す。

 鏡に向かって構えて、不満げな顔をする悠がいた。


「あれ、珍しいな。いっつも終わったらすぐレンシンカン行くじゃん?」

「今日、休みやねんて。せっかく金曜やのにーって愚痴っとったわ」

「……オレには、考えらんねーなー」


 きっと自分なら、幼子のように喜ぶだろう。

 部内の稽古だけでも熾烈なのに、本当にどこまで自分を追い詰めれば気が済むのだろうと、毎回ため息が出る思いだ。

 部内戦の日以降、悠は生まれ変わった。

 もう、誰かに遠慮して生きていない。空気を読もうとしていない。

 あの星の者たちにはもとより、空気など必要ないはずだから。


「きのっち、喋ってきーや!」


 いきなり、千紘がそんなことを言う。きょとん、とした。


「オレが? 何で? ……邪魔しちゃ悪いだろ? それにほら、深瀬嬢が」


 虎視眈々と悠の背を狙う史織を視界の隅に捉えて、苦笑する。

 しかし、千紘はぶんぶんとショートヘアを揺らして首を振った。力強く。


「あいつはうちが食い止める。ここはうちに任せて先に行け!」

「ベタな漫画か。てか何でだよ?」

「……だって寂しそうやんか、ゆーくん」


 ぷくっと膨れてから、それこそ寂しそうに千紘は笑う。


「うちには、まだ本気で突っ込んできてくれへんもん。相手できんのは、きのっちしかおらんやろ?」

「……オレは、そんな」

「頼んだで! ……おらぁ、しおりーん! 揉ませろぉー!」

「ちょっ、千紘先輩!? じ、自分の揉んでてくださいよ! 二個もあるでしょう!?」

「誰が数の話をしたんやっ! よこせ……よこせぇっ!」

「きゃ――――――――――っ!?」


 ぽつん、とひとり取り残される。

 眼福の光景だったが、その前に鏡に向かっている悠を見る。

 美女のおっぱいなんて知ったこっちゃないと言うように、真剣に鏡と向き合い続けていた。


「やっぱ、周波数が違えんだなー」


 もはや面白くなって、竹刀を持って歩いて行く。

 真剣に構えるその脳天に向かって後ろから斬りかかる。寸止めする、つもりだった。

 なのに悠は、電波を受信したかのように突如振り返った。


「ッたぁあ―――――らあッ!」


 頭に振ってくる竹刀を受けて、鮮やかな面返し胴を決められる。

 呆然としていると、残心を終えて振り返った悠はにやっと笑った。


「まだまだ甘いな、俊介。その程度で俺が斬れるとでも思ったか!」

「……何で分かんの? 魔法かよマジで」


 本気で驚いていると、悠の笑顔が崩れていく。視線が面白いくらい泳いでいった。


「じ、実は鏡に映ってた……」

「……悠ってさ、ほんと嘘付けないヤツな。かわいーなあ」

「う、うるさいな! そもそも背中から狙うなよ! 言ってくれたらいつでも正面から勝負するぞ俺は!」

「だって、それじゃー勝てねーからなー」


 その言葉の後に、今は、と口に出すことができなかった。

 城崎は悠を放置し、へらへら笑って鏡の前で竹刀を構える。

 薄い。弱い。気迫がない。

 それらを総括して、いつもの言葉が口からこぼれ落ちる。


「ヘタだなー」


 いつになったら、隣で竹刀を構え出した男のように格好良くなれるのだろう。

 そしていつになったら、この鏡に映った自分を心の底から好きになれるのだろう。

 構えれば構えるほど、自分に向かって切っ先を突きつけているような気がしてしまう。

 剣道は嫌いだ。やっぱり。

 かつては自称剣道嫌い芸人だった隣の宇宙人の様子を、恨めしく鏡越しに伺ってみる。

 お前、ギャグか? と言いたくなるくらいそわそわしていた。

 ちらっ、ちらっとこっちを見てきて、それからきょろきょろして。

 置いている自分の面と、視線が行ったり来たり。

 あんまりにも分かりやすすぎて、笑ってしまった。


「な、何笑ってんだよ?」

「こーいうとこなんだろな、深瀬嬢。……面着けたいんだろ? だったら言えばいいじゃん」


 言ってくれたらいつでも正面から、なんて言って。

 本当にやりたいのは、そっちだろうに。


「付き合ってやるよ。なんか引っかかってんだろ? 受けるくらいならオレでもできるしな」

「…………悪い。ありがとう」

「いーっていーって。今度何か奢ってくれよな!」


 作り笑いじゃない本当の笑顔を悠に向けて、準備するべく自分の面のところへ歩く。

 その途中、悠がぼそりと呟く言葉が聞こえる。


「……何で分かるんだろう。魔法か?」


 別に高度に発達した技術でも何でもないのに、と少し面白かった。




 × × ×




 星月夜の帰り道を、湯気を出して悠とふたり並んで歩く。

 学校を追い出されるまであのあと続けたせいで、汗が尋常じゃないことになっていたから学校近くの銭湯に寄ったのだ。

 上機嫌に口笛を吹きながら歩いていると、悠は顎に手を当ててしげしげとこっちを見てくる。


「なあ、何で下着の着替え持ってたんだ? 俺は錬心館行く予定だったから分かるけど」

「え? 泊まりセットは普通常備しとかね? だっていつ外泊になるか分かんないじゃん」

「分かるわ! 外泊なんかしたことないよ! ……くそっ、友達多いヤツはこれだから」


 羨ましい、と言って悠はぷんすか怒り出す。

 そんなことの何が羨ましいのか分からなくて、つい笑う。


「何も泊まんのは友達んちだけとは限んないぞ、悠さん」

「……都会、乱れすぎだろ。俊介はもうちょい真面目に生きろよ」

「逆に悠はもーちょい遊べって。……まあ、オレらと遊ぶのはつまんねーだろうけ」


 ど、と言い切る前に、ぶんぶんと首を振って悠は遮る。

 乾ききってない髪から少し、水が飛んできた。


「そんなことない。楽しいよ。……むしろ、もっと色々教えてくれよ。俺は部活以外だって、ちゃんと上手くやりたいんだ!」


 ぐっ、と悠は拳を握る。

 それに勝つように、パーを出して静止した。


「いやー、悠はそのままでいいって。もう剣道できるし他のことは良くね?」

「良くない! それは甘え!」

「お前は何と戦ってんだよ……」

「だって『できないからやらない』って嫌だろ! 『できるけどやらない』ならいいけど!」


 鼻息荒く叫ぶ悠に、やっぱり呆れて笑ってしまう。

 剣道星人はやっぱり、とことん負けず嫌いらしい。

 しばし無言で歩いていると、悠は時折無言で星空を見上げている。

 ふと、気付いた。


「なー、悠って結構上見るよな。それクセなの?」

「え? ……ああ、そうかも。御剣の実家ってさあ、田舎だからすごい星が綺麗なんだよ。ちっちゃい頃はずっと見てたな」

「そんなに違うもん?」

「うん、全然。……綺麗なんだ、本当に」


 まるで母星に帰りたいと願うように、悠は笑って都会のくすんだ夜空を見上げる。

 それが何だか寂しくて、ついつい引き留めるように余計なことを言う。


「なー悠、宇宙人っていると思う? オレは結構、いるって信じてるんだよな」


 さあ、笑え。

 なに子どもみたいなことを言ってるんだと言ってくれたら、それでコミュニケーションは完了だ。




「いるよ? っていうか、いたよ」




 しかし全く笑わず、悠は大真面目に頷いてくる。

 しばし、二の句を継ぐことができなかった。


「そいつに育てられたんだけどさ。もうさあ、全然地球言語で話してくれなくて」

「……ああ、また剣道の。でも丁度いーじゃん。悠なら分かるだろ」

「何言ってんだよ、全然分かんないよ。じいちゃんの言ってたことは、今になっても半分も分からん」


 じいちゃん、と初めて聞く単語を紡ぐ悠は、少し幼く笑う。


「でも、いつかは全部分かりたいから。……下手だけど、毎日練習するしかないな」


 その言葉に、城崎は足を止める。

 一緒に並んで空を見た。


「なあ、悠」

「ん?」

「いつかオレも、御剣の家に連れてってくれよ。……会ってみたいわ、宇宙人」


 都会の空に星は見えない。

 けれどこの男が見つめる先には、きっとかけがえのない何かがあるのだろう。

 それを、自分も見てみたい。分かってみたいと願うのだ。


「……分かった。いつか絶対、連れてくよ」

「よーし、約束な!」


 交信を諦めない。コミュニケーションは一番の得意技なのだ。

 今よりもっと、頑張ろう。

 いつかこの約束が叶ったとき、母星の方々にちゃんと紹介してもらえるように。

 笑うと、お腹が鳴った。それでふと思い出す。


「あ、やべ。今日メシいるって言うの忘れてた……」

「申告制なのか。どっか食いに行く?」

「いや。この前ゲーセンで有り金全部スッた! 何も食えねえ!」


 両腰に手を当てて、自信満々に言い放つ。

 アホか、とはたかれて、コミュニケーションは完了だ。


「よし、じゃあ御剣の前にうちに来いよ。メシ作ってやる。つーか泊まってけば? 明日休みだし」

「……マジ? いいの? でも急だし親御さんとかさー」

「ああ、そこは大丈夫。うち、今日、親いないから」


 そういう台詞は深瀬に言えよな、と思ったが、笑うだけ笑って口には出さなかった。

 これからも頑張って克服したいらしいから、一番難しそうな課題だけは、自力で取り組むのを見ていよう。

 その方が、きっと楽しい。


「あらやだ、新しい下着にしとけば良かったわ。今日、上下バラバラなの」

「……何言ってんだお前は。やっぱひとりで野垂れ死ぬか?」

「そんなこと言うなよー、悠さん。友達だろ?」

「…………とも、だち?」

「……マジで宇宙人みたいな反応やめろよ、傷つくなー。やっぱオレ家帰ろうかな?」

「あっ、いや! ち、違う! そういうんじゃなくて!」

「手は尽くしたのにな。残念です、バイバーイ」

「ちょっ、見捨てんなって!? 異文化交流大事だろ! いいから泊まってけって!」


 その夜、悠の部屋で夜通し開催したコミュニケーション講座は正直練習より辛かった。

 あまりにも生徒に才能がない。

 今後も継続的にやりましょう、と重い病気に対峙した医師のようなコメントを残してその日は眠った。

 大丈夫。治る病気だ。

 ……多分。




 × × ×




 目が覚めると、知らない天井だった。

 でも知ってる天井のことの方が少ないから別に問題はない。

 そういえばここは悠の部屋だったなとすぐに昨日のことを思い出し、もぞ、とお客さん用に出して貰った布団を抜ける。


「……ん。……もぅ、ぁさ……?」

「まだ夜だよ。寝ときなって」

「……そっ、かぁ……」


 ベッドの中から、寝ぼけた悠が話しかけてくる。

 携帯の時計を見ると、まだ朝の六時だった。

 城崎は起こさないようにそっと、傍で畳んでおいた制服に手をかける。隣に置いてある悠の制服と、泊まりセットに触らぬように。

 昨日の夜、眠る前に悠は言っていた。

 毎朝、ブランクで抜けた体力を戻すために走るのだと。昼は学校の練習に行って、それから夕方は錬心館に行って、夜はそのまま新幹線に乗って御剣に帰る。

 練習休みの日曜日はそうして御剣で一日中稽古をして、また新幹線で夜帰ってきて、朝走って、月曜の授業に行く。

 そんなことを、毎週続けているのだという。

 馬鹿で、ぼろぼろで、そしてだからこそ神聖で美しい生き物だと思った。

 せめて今だけは、ゆっくりと眠っていてほしい。

 カチューシャを掴んだまま、そっとドアノブに手をかける。


「なぁ……。じい、ちゃん……」


 その瞬間、声がかかる。

 振り向くと、悠は幸せそうな笑顔を浮かべて眠っていた。




「おれ……。ともだち、できたよ……」




 唇を噛み締めて、そっと扉を閉めて悠の家を出る。悠の携帯に、一言だけ送信した。


[シュンスケ] 用事あるから先帰る。ありがとう、楽しかったぜ!


 城崎は一目散に走り出し、電車に乗って道場を目指した。

 練習は昼からで、着替えていなくて、今から行く必要なんてどこにもなくて。

 それでも一秒でも早くそこに辿り着きたくて、ただ走った。

 ぜえはあと息をして、道場の扉の南京錠を開けて、靴下を脱いで竹刀を持って鏡の前に立つ。

 構えてみる。振ってみる。紡ぐ言葉は変わらない。


「ヘタだなー」


 一生、言い続けるのかもしれない。何も変わらないまま終わってしまうのかもしれない。

 それでも、続けてやろうと思う。

 もう第三者でいたくないから。

 少しでも奴のことを、分かってみたいと思うから。

 言葉が通じないと思った宇宙人は昨夜、人類の言葉を受け取って。

 誰も見てないのにひそかに手鏡を手に取り、下手くそな作り笑いを浮かべて言った。


『下手だなあ』


 同じ想いがあるのなら、いつかは完全に通じ合える日だってやってくるはずだ。

 交信できるその日を信じて、城崎は共通言語の竹の刀を振りかざす。

 そんなときだった。

 違う星の電波を、文明の利器が受信する。

 祈るように、両手でそれを抱きしめ開いた。




[Yu.M] こちらこそありがとう

[Yu.M] また、遊びに来てください




「バーカ、丁寧すぎなんだよ。もっと練習しろ」

 幼年期の終わりを告げるように、少しだけ大人びた自分が鏡の中で強く笑う。

 剣道星、剣道星、聞こえたよ。こちら人類、返事を返す。

 とてもちっぽけで弱いけど、どうやら。

 オレたちはもう、孤独じゃないんだ――

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