困った時はフクロウさんに
静嶺 伊寿実
短編『困った時はフクロウさんに』
「フクロウさん、ぼくの大事なエサを探してほしいんです」
雪積もる森の中、
「どうしたんですか、タヌキさん」
「ぼくのエサが無くなっちゃたんです。どうか一緒に探してくれませんか」
「それはいいけど、今じゃないとダメなのかい」
「ダメなんです。どうしても今探したいんです」
「仕方ないなあ」
フクロウさんはぱたぱたとタヌキの近くの枝まで降りてきてくれた。一部を除いて、樹木の葉はすっかり落ちて幹と枝だけになっているので、地面からでもフクロウさんの姿をしっかり見ることができる。
「ありがとう、フクロウさん」
「タヌキくんがエサを置いた場所はどこだい?」
フクロウさんはとっても物知りで、年齢は分からないけれどタヌキよりもずっと長く生きているらしく、動物たちの間でも顔が広い。
「ここの近くのアカエゾマツの下だよ。そこにドングリを隠しておいたんだ」
タヌキはぽよんとした黒いしっぽをフクロウさんに向けながら案内する。アカエゾマツは冬の間でも葉が枯れ落ちないから、タヌキは目印にしていた。
アカエゾマツの下に着くと、雪に穴が空いて掘られた跡と、雪面にいくつもの足跡があった。
「ほら、ここにあったはずなんだよ。でも無いからきっと誰かが持っていったと思うんだけど、ぼくには誰の足跡か分からなくて……ねえフクロウさん、お願いだから探して」
「ふむふむ。ところで最後にここにエサがあると確認したのはいつだい?」
「昨日の夜だよ」
「ふむ、分かった。まずここにある足跡は、キツネとシカとクマのもののようだ。大きい動物が通ったせいで、小さい動物の足跡は消えてしまっているみたいだな。まずは誰が今日一番最初に来たのか聞いてみよう」
するとフクロウさんは大きく翼を広げて、飛んで行ってしまった。地上に残されたタヌキは見上げるしかなく、もしかして持っていった動物が分からなくて帰っちゃったのかな、と心配になった。フクロウさんが戻ってくるまでにタヌキができることは、本当にここに埋めたのか本当に無いのかを、穴に頭をつっこんで確認することだけだった。
タヌキが雪まみれになって探していると、バサッバサッと羽音を立ててフクロウさんが戻ってきた。
「どこ行ってたの」
タヌキは思ったよりか細い声になって聞いた。
「オオワシさんに話を聞いていたんだよ。オオワシさんは朝が早くて目が良いからね、何か見てないかと思って」
「それで、犯人分かった?」
「犯人かどうかは分からないけれど、朝一番にユキウサギさんがここを通ったのを見たって言ってたよ」
フクロウさんはまずユキウサギさんを探そうと、木々の間を器用に滑空しながらタヌキに合わせてゆっくり導いてくれる。白い雪面に穴を掘って何かを食べていた。こいつが犯人か、とタヌキは走って寄ったが、食べていたのは雪の下の草だった。「なによ」と威嚇する真っ黒い目にタヌキはたじろいだ。フクロウさんが枝に止まって、冷静に事態の説明を
してくれる。ユキウサギさんは目をこちらに向けながら、大きな耳でフクロウさんの話を聞いてくれた。
「アカエゾマツなら通ったわよ。でもあそこに何かあったなんて知らなかったわ。知ってたら食べていたのに。でもアカエゾマツの所で食事をしようとしたら、シカが駆けて来たの。それに驚いて私も逃げたわ。あれはなんだったのかしら」
ありがとう、とフクロウさんは言ってまた別の場所に飛んで行く。タヌキは慌ててついて行った。ちょっと走った所で、シカさんが高い位置にある樹木の皮を引っ張って剥がすように食べている。シカさんは冬も食べ物がいっぱいあっていいな、とタヌキは羨ましくなった。フクロウさんはシカさんの邪魔にならない枝に止まって、話をしてくれる。
「ああ、あの時ね。ボクは美味しそうな樹皮があったから食べようと近づいたら、なんとクマが出たんだよ。こんな時期にだよ。驚いちゃって食事どころじゃなくなったよ」
さすがのフクロウさんもヒグマさんには話を聞けないようなので、他の目撃者を探すことにした。タヌキは「ぼくのエサ知りませんかー」と鳴きながらとことこ歩いていると、「どうしたんでぇ」とがらがらした声が聞こえた。キツネさんだ。
タヌキは体をさらに大きく見せようと前足を広げ、もふもふの毛を逆立てた。タヌキはキツネがいつも先に、しかもタヌキが好物の物ばかりを早く持って行くから、心の中で敵対心を持っていた。いけ好かないやつ!
フクロウさんはそんな心の声を知ってか知らずか、キツネとタヌキの間にあった朽ち果てて倒れた幹で羽を休めて、キツネに声高に尋ねた。
「この辺りで寝付けないヒグマを見たかい?」
「見たよぉ。最近ちょっくら暖かいからなぁ、春だと思って起きたんだろうさ」
「そのクマ、何か穴を掘って食べてなかったかい?」
「食べてたねぇ。誰が置いたんだか、雪の中に丁寧にドングリがあったみたいでむしゃむしゃ食べてたよ」
「ええーっ!? 食べちゃったの……どうしよう……」
キツネの証言にタヌキはひどく落ち込んで、パニックになった。どうしたらいいのか分からない、でも今更どうしようもない、どうしたらいいんだろう。ヒグマ相手ではタヌキが挑んだところで勝てもしなければ、糾弾することもできない。タヌキはもうだめだ、と丸くなった。
「もういいですかい? オレも腹が減ってきたんでなぁ。じゃあな」
とタヌキのことなんか気にせずキツネは行ってしまった。ガサガサと背後から音がしたので、フクロウさんが首だけこちらを向く。タヌキは顔を上げる元気が無かった。
「あら、フクロウさんにたぬ
それはタヌキが最も愛する声だった。タヌキはしゃきーんと雪の上に立つ。腹の下が真っ白になっていることなんか気にしなかった。
「たぬ美ちゃん、どうしてここに」
タヌキ同士では名前で呼び合うが、他の動物からは「タヌキ」としか呼ばれないのが動物界の掟の一つだった。ちなみにタヌキことたぬ助にとってたぬ美は、今一番一緒にいたい相手で、できればたぬ美との子供をもうけたいとまで考えていたが、未だ告白もできていなかった。たぬ美はうるんだ黒い瞳とチャーミングなたれ目で見つめながら、川のせせらぎのように美しく癒やすような声でタヌキに話しかける。
「エサは見つかったの?」
「ほわ!? な、な、なんのことかな」
「わたしに渡したい物があるって言ってたから、てっきり美味しい物かと思ってたの。ごめんなさいね」
「たぬ美さんが謝ることないよ。勘違いさせたぼくが悪いんだし。ほら、フクロウさん、いやフクロウくん、行こうか」
と、タヌキは虚勢を張ってそそくさとその場を離れた。フクロウさんはタヌキについて行こうとしたが、少しばかりタヌキの女の子と話をすることにした。タヌキは先へ行っているが、足が速くないので心配ない。
「あのタヌキくんが何か大事にしていた物に心当たりあるかな?」
「そういえば前に、とても綺麗な物があったと喜んでいました。あ、そういえば綺麗な物と言えばさっきモモンガさんが何か持っているのを見ましたよ」
「そうか、ありがとう」
「あの、たぬ助さんは一生懸命になると一つのことしか見えなくなるので、どうか危ない時は止めて下さいね。たぬ助さん、わたしがいると邪魔そうにするので……」
「分かったよ。でもタヌキくんは君のことが邪魔なんじゃなくて、大事にしたいんだ。そのところは分かってあげてくれないか」
「はい」
フクロウさんは遅れてやって来て、「モモンガを探そう。きっとそいつが知っている」とタヌキを奮起させた。タヌキはなぜフクロウさんがそんなことを言い出すのか分からなかったが、とにかくモモンガなんだなと探し出した。
シマリスやエゾリス、時々森にやって来るネコなどに尋ね聞いている内に、人間がもう出入りしていない建物にモモンガが住んでいるという情報にたどり着いた。
朽ち果てている民家だ。窓ガラスは一枚も無く、雪が建物の半分ほど吹き込んでいて、天井からは板がぶら下がり、置いて行かれた畳も木製のテーブルも自然に
「誰だ、何しに来た」
甲高い声が聞こえた。モモンガさんだ。天井のずれた板の間から灰色の小さな顔が見えた。
「モモンガさん、キラキラ光る物持っていってない?」
「あれはおいらの物だぞ、取るなら許さないぞ!」
「違う、ぼくのだよ」
タヌキは足場になる物を順番にひょいひょいと駆け上って、モモンガさんの元へ行く。モモンガさんはタヌキの行動に驚いたのか、あっという間にどこかへ逃げた。その拍子に、モモンガさんがキラキラした物を弾き飛ばしてしまった。
あれはぼくがたぬ美さんにプレゼントしようと思った物!
タヌキはキラキラした物を追って、天井から落ちた。ばきっ、ばーん、どーんと派手な音がして、タヌキは口にキラキラな物を
それはピンク色にラインストーンが沢山ついたネイルチップだった。
これでたぬ美さんにプロポーズができる。タヌキは畳の穴の中で、痛みを忘れて喜んだ。外に出るとフクロウさんが優しくほほえんでくれていた。
「これでタヌキの女の子に渡せるね」
フクロウさんにはお見通しだ。やっぱりこの森の切り札はフクロウさんだ。
その夜、タヌキはふかふかの落ち葉のベッドで、あのキラキラを大切そうに抱えたたぬ美と暖かく、幸せに寝た。
困った時はフクロウさんに 静嶺 伊寿実 @shizumine_izumi
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