蒼い空の先に

夏木

第1話


 美味しいご飯。

 愉快な友達。

 そしてストレスがない生活。


 端から見れば十分に幸せな生活だろう。


 しかし、その生活の中にいる者は更に求めてしまう。


 *


 この世界に来て一年。

 俺の生活に何も苦がない。毎日ほとんど変わらない食事だが、食べることができているんだから文句はない。

 食べ物には困らない。遊び相手もいる。

 日中は誰もいないから退屈だが、寝ているため問題ない。夜は友人と楽しく遊んでいる。


 でも、やっぱりほしいものは出てくる。

 現状に満足してしまえばそこで終わりだ。今俺は一つだけほしいものがある。

 だけど、それを手に入れることは難しい。



 ほしいもの、それは自由だ。

 窓から見える景色。それはすごく広くて、毎日違う色をしている。

 蒼かったり、赤かったり、真っ黒だったり。

 俺はこのカラフルな世界にずっと出てみたいと思っていた。


 そしてその機会は突然やってきた。

 俺以外に誰もいない時間。

 チャンスがやってきた! そう思って狭い世界から広い世界へ飛び出した。




 顔に風が当たる。

 思わず目を閉じたがこの世界を目に焼き付けたいので、目を細めて世界を見る。すると少しずつ慣れてきた。鮮やかな世界が目に映る。




 蒼い空には大小様々な形をした白い雲が浮かんでいる。

 しかし人はそれをまじまじと見ることはない。まっすぐ前しか見ていない。

 こんなにも綺麗な空を見ないなんてもったいない。



 あの大きな箱は何だろう?

 大きな音を立てて動く箱。ぶつかったらひとたまりもない。近づかないようにしなくては。



 おや? 誰かに見られている気がする。

 きょろきょろ周りを確認すると、鋭い黒い瞳がこちらを見ていた。

 怖い。怖い。絡まれたら負けてしまう。

 慌ててその場所を離れた。



 ここは何だろう?

 人がいっぱいいる。みんな同じ格好だ。それにみんな同じように動いている。

 揃った動きが気持ち悪い。

 違うところへ行ってみよう。




 大きな箱はいっぱいあった。

 色もいっぱいあった。

 でもやっぱり一番綺麗だったのは空の色。

 蒼かった空は少しずつ赤くなってきている。

 やっと目も頭も覚めてきたが、そろそろ帰ろう。




 ……あれ? どっちから来たんだっけ?


 家がわからない。

 遠出しすぎた。ここはどこだ?


 少し考えていると、黒い瞳がまたこちらを見ていた。

 このままここにいるのはまずい。

 とりあえず違う場所に行こう。




 黒い瞳がないここなら大丈夫だろう。

 もう一度、家はどっちなのか考えないと。

 とまって考えようとしたとき、今度は光に反射して怪しく光る瞳に気づいた。

 危ない! 

 とっさに離れようとしたけど遅かった。足に痛みが走る。爪がかすったようだ。少しだけ怪我をしたが、あいつは上には上がってこれない。とりあえず追いかけてくることができない高い場所まで逃げよう。




 今度こそ、ここなら大丈夫。

 怪しい瞳はない高い場所。すこし眩しいし、音もうるさいけどこの際我慢する。

 お腹も減ったし、早く家に帰りたい。広くて大きい世界で自由を手に入れたけど、家が恋しくなった。

 真っ黒な空には小さい光がぽつぽつと見え始める。蒼から黒まで色んな色を見た。頭も体も疲れてしまった。夜型のはずだが、疲れからそのまま眠ってしまった。




 眠りはそこまで深くない。

 急にすごく騒がしくなったので見てみると、人がこちらを見ている。何か言ってるけどわからない。仕方なくまた移動した。



 寒い。とても寒い。

 あの狭い世界はずっと快適だった。本当はこんなにも寒い世界だったなんて。

 帰りたい。でも家がわからない。

 このまま俺は死んでしまうのか?



*



 広い世界に出てどれだけ時間が経っただろう?

 何度蒼い空と黒い空を繰り返しただろう?

 空腹が、疲労が、寒さが、痛みが辛い。

 もうダメだ。

 せめて死ぬ前に、友達ともう一度遊びたかったな。



 友達に会いたくて、いっぱい人がいる所にやってきた。

 最期を迎える場所としては相応しくない場所かもしれない。でも、やっぱり友達が恋しい。もしかしたら、ここにその友達がいるかもしれない。わずかな希望を持ってここにきた。


 今日も人が同じ動きをしている。俺はその人たちの前に立った。




「シロウ!」



 聞き慣れた声で俺の名前を呼ぶ声がする。

 俺を抱き上げたのは、会いたかった友達その人だった。


「シロウ! お前どこに行ってたんだ! ずっと心配して……もう会えないかと。生きててよかった……」


 ああ、俺も会いたかったんだ。

 死ぬ前にもう一度会いたかった。一緒に居たかった。


「シロウ、お前足を怪我してるじゃんか。羽は? さっき飛んできたけど他に怪我してないか?」



 友達は俺の体をくまなく調べる。


 足はまだ痛いよ。でも他は大丈夫。

 あれ? 何か冷たいのが当たった。もしかして泣いてるの?

 泣かないで。俺はもう大丈夫だよ。

 だって君にまた会えたから。


 友達は静かに俺を抱きしめた。

 心地よい温度に包まれてそのまま俺は目を閉じた。




 次に目を開けたとき、視界には見慣れた狭い世界が映った。

 顔の向きを変えれば、友達が静かに眠っている。

 いつもの世界に戻ってきたのだ。



 あ、お腹空いた。

 友達の頭に飛び降りて軽くつつく。

 ゆっくりと起きた友達はこの世界から一度出ていって戻ってきた時、手にはご飯があった。

 久しぶりのご飯はラットだ。滅多に出ないラット。美味しいやつだ。

 嬉しくてガツガツ食べる。その俺の頭を優しく撫でながら友達は話す。


「シロウを探したんだよ。フクロウなんてそこら辺を飛んでる訳ないから、フクロウの目撃情報をひたすら探した。目撃情報聞いて隣町まで行ったんだけど、いなくてさ。まさか学校で会えるなんて……本当、よかった。また会えて……」


 何言ってるかわかんないけど、泣きそうな顔をしてるから心配してたんだな。

 会えてよかったよ。



 当たり前の日常が戻ってきたこと、それが嬉しくて、俺はこの日友達から離れなかった。




 広い世界は見たことないものがいっぱいあったし楽しかった。

 でも俺はその世界を自由に生きるよりも、大切な友人と一緒に居る方がずっと幸せなことなんだとわかった。

 自由よりも大切なものがある。

 フクロウの俺と人間の友達は種族こそ違うけど、お互いを大切に思ってる。

 だから俺はこの友達と一緒に、この世界で生きていこう。

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