第17話 決着
「……ふっ。……はははっ!」
「友樹?」
「さっきまで止めようとしてたのは慶太もだろ?」
「そ、うだけど……でも、言い方ってものが……」
「ははっ。お前、たまにキレるとすげぇよな」
――なんか、馬鹿らしくなってきた。
そう続けた友樹は腕を顔の上から外した。黒くなった腕に走るヒビから一部が欠け、地面に落ちた黒い破片は砕け散った。
先ほどまで荒れていた友樹だったが、両親や姉がなぜ男を恨み、復讐しようとしないのかがやっと分かった気がした。
「父さん達は、オレと違って現状を変えるのに……間違った道を正すのに必死だったから、元凶なんてどうでも良かったんだよな……」
勿論、完全に恨んでいないかと問われれば答えはノーだろうが、それでも自らの人生を懸けてまでやろうとしないはずだ。
深く息を吐いた友樹は、暗くなってきた空を見たまま誠司に訊ねる。
「なぁ、俺が救われる最後の手段って、慶太にあるんだっけ?」
「ええ」
確認に対し頷いた誠司は、自らが手を出すつもりはなかった。慶太の邪魔が入ったとしても友樹を消すことは容易い。だが、それをしないのは、彼にも何が一番良い方法か分かっているからだ。
友樹がやっと視線を動かし、誠司と自身の間にいる慶太を見る。
「ならさ、慶太」
「い、嫌だ……」
「なんでだよ」
友樹の言わんとしていることが分かり、言われる前に遮った。
軽く笑った友樹はどこか辛そうだ。まだ焼けた箇所が痛いのか、それとも慶太が望んだことを否定したからか。
どちらでもありえることに、慶太は自身の無力さを身に染みて感じた。
「僕は友樹を助けられない。この炎も、すっごく熱いんでしょ?」
「今度は平気だ」
確証はない。だが、自信を持って言える。
再び友樹の隣に崩れ落ちるように膝をついた慶太は、涙を目に溜めながら首を左右に振った。
ぼやける視界が嫌で、これ以上、『終わり』に向かう友樹を見ていられずに俯いて目を瞑る。膝に置いた拳に滴が落ちた。
「嫌、だ」
「慶太」
友樹の手が、膝で手を握りしめた慶太の手に重なる。
それでも頷きたくなかった。
大切な親友の最期を自らの手で招くなど。
「絶対に嫌だ!」
「慶太!」
「っ!」
友樹は握った手に力を込めた。
それに驚いた慶太が目を開けば、視界に入ったのは自らの手に重ねられた、無数の亀裂が入った手だ。隙間から覗くのは肉の赤ではなく、どこまでも続いているかのような黒だった。
視線を上げて友樹を見ると、彼は上体を起こしてすぐ目の前にいた。限界なのか、友樹が浮かべた笑みには悲痛さが滲んでいる。
「頼む。俺の自我がある間にさ、もう普通の人じゃないけど、気持ちだけでもある間に……な?」
「やだよ……。僕を、置いて行かないで……」
友樹の額が慶太の肩に乗る。
縋るように口をついて出た声は、慶太自身でも驚くほど弱々しいものだった。
友樹がゆっくりと慶太から離れる。代わりに肩に置かれた手は、またヒビが増えていた。
「大丈夫だ。命は生まれ変わるって言うだろ? 時間が掛かっても、どんなに離れても、きっとまた会える。だって、お前、俺を見つけるの早いじゃん」
「できないよ……」
「しょうがないなぁ。……オル、ロス」
友樹の呼び掛けに応えるかのように、今まで傍観していたオルトロスが慶太の傍らに歩み出た。
闇に溶けそうな黒い毛は昔から変わらず艶があり、蛇の尾は名前を呼ばれたことでどこか嬉しそうに振られている。
「お前らは分かってくれるよな?」
オルトロスの二つの頭が大きく頷いた。
そして、甘えるように友樹に擦り寄ったかと思えば、足元から炎を生み出して友樹を包み込んだ。
「やめて! オル、ロス。待って!」
「ああ……。やっぱり、今度は熱くない」
「友樹! やめろって言ってるだろ、オルトロス!」
同じ炎に包まれているというのに、友樹は先ほどより楽な表情をしていた。
それでも止めようと友樹に手を伸ばした慶太を、鎖で拘束されていたはずの斎が止める。
「ええ加減にしいや。慶太君」
「桜庭さん!? だって、友樹が!」
斎の拘束は解かれていた。彼だけでなく、七海達全員もだ。
何故鎖が解けているのか、今の慶太には気にする余裕はなかった。
早くしなければ、と炎を消そうとする慶太に、斎は和らげた声音で宥める。
「破綻者はな、消滅したら魂は転生の輪から外されるんや。けど、今ならまだ、無理矢理やけど転生の輪に入れる。オルトロスの兄弟は冥府の番犬や。多少の融通はしてもらえるんとちゃう? 知らんけど」
友樹が慶太を宥めるために言った迷信かと思ったが、転生は本当のようだ。最後の一言が余計ではあるが。
魂ごと消滅する破綻者がまた生まれるためには、それ相応の力が必要になる。オルトロスの兄弟にその力があるのであれば、転生の可能性はゼロではない。
ここで炎を消してしまえば、友樹を完全に消滅させてしまう。
斎は戸惑う慶太を励ますように言う。
「君は彼の親友なんやろ? せやったら、今できる最善のことをしたり」
例え、それが友樹を手に掛けることだとしても、その後を考えればやるしかない。
それでも、溢れ出した涙は止まらなかった。
「……オル、ロス」
友樹に抱き締められていたオルトロスがその腕から離れた。
オルトロスは慶太の足に擦り寄ったあと、炎に包まれている友樹に向き直った。前足で地をしっかり踏みしめ、空を仰いで遠吠えをする。
炎が勢いを増し、天高く火柱を上げた。
先ほど包まれたときと違って、今の炎は真綿に包まれたように柔らかく、温かかった。
「俺は、お前らの炎で逝けるんだな」
不思議と、心は穏やかだった。破綻の苦しみから解放され、気分は想像以上にいい。ここに来て、家族の顔が浮かんだ。もはや自身のことを忘れている家族に会うのは怖いため、これで良かったんだ、と自身を納得させた。
目の前の慶太はやはり泣いている。小さい頃から変わらない姿に、友樹は小さく笑んだ。
「なぁ、慶太」
「……?」
「俺さ……最期にお前に会えて良かった」
――ありがとう、慶太。
そう言った直後、炎は完全に友樹を包み込んで隠し、天へと柱を伸ばした。
やがて、火柱は下から火の粉へと変わっていき、一瞬にして消えてしまった。
辺りに花びらのような火の粉が舞い散る中、慶太は地面に崩れ落ちた。
「ゆ、き……っ!」
「……お疲れさん」
「さ、くら、ば、さ……っ」
「よう頑張ったな」
声を押し殺して泣く慶太の頭に斎が手を乗せた。
そのまま軽く叩くように撫でてやれば、堪えきれなかった慶太は声をあげて泣いた。
「っく、うわああぁぁぁ……っ!」
「よしよし。思いっきり泣いときや」
慶太の隣にしゃがんだ斎は、頭を撫でる手を止めないまま、視線だけで梓達に合図を送る。
誠司は友樹がいた場所に片膝をついて何かを見ていたが、それが何かは斎からでは確認できなかった。
「私と疾風があの男の保護に当たる。伊吹は周辺に異常がないか確認。七海はこのまま総長達の護衛に当たれ」
梓が指示を出し、それぞれが行動を開始する。
そんな中、誠司は見ていた物を手に取って怪訝に顔を歪めると、誰かに見られることもなくソレを強く握りしめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます